野良猫珍談

仕事が終わらずに、朝かえってみるとよ。先日の猫が近所の婆に、餌をもらってやがった。しかも、餌を食べながら、撫でられていやがった。ここんとこ姿を見せねぇと思ったらこれかよ。

 

本来、野良猫なんてもんは気高い存在で、餌をやっても見向きもせず、人が食べてもらうのを諦めたところで、ささっと持ち帰って自分の住処で食べるもんだろう。体を撫でられるなんて、汚ねぇ人間になんか決して触らせねぇ。そのプライドの高さに、人は逆に惚れて、野良犬は処分しても、野良猫は処分しねぇっていう掟ができたんじゃねぇかよ。

それを、この野良猫は何だと思っていやがる。

 

人の家の前に居座って餌をねだり、どこの婆ともわからねぇやつに餌付けされて体を撫でられて喜んでやがる。野良猫の魂を売りやがって、飼い猫でもねぇ、野良猫でもねぇ、てめぇは何になるつもりだ。

 

なに?婆に嫉妬だ?。んなわきゃねぇだろ。そんなプライドのねぇ猫なんて、なついたところで、面白みもなんもねぇ。プライドの低いもの同士、仲良くやってりゃいいんだよ。

 

そういや、先日買ったスルメのことをすっかり忘れちまっていて鞄がスルメ臭くなっちまった。別に、「次に会った時のために」と、取っといたわけじゃねぇぞ。

野良猫教育

最近よぉ、家に門番がいてめんどくせぇったらありゃしねぇ。門番ていってもよ。一匹の野良猫が勝手に門番やってらぁ。

 

昨日も門の前に、あの野良猫がどっかり寝そべっていやがって、しかたがねぇから、さっきコンビにで買ったばっかの栗入り大福を開けてよ、中の栗を取り出して、野良猫に向かって投げたわけさ。でもよ。その野良猫、体を重そうに持ち上げて、鼻でくんくんと、二度ほど栗の匂いを嗅いだはいいが、口をつけやしねぇ。こっちは、栗入り大福の栗がなくなって、ただの大福になっちまったっていうのに、どうしやがる。

 

んなことを猫に言ったが、聞く耳もっちゃいねぇ。馬の耳に念仏と言ったもんだが、こりゃ、猫の耳にも念仏だな。ついでに、猫に小判じゃねぇ、猫に栗だな。しかも、門の前にまたどっかり寝そべって、どきそうにもねぇ。いい性格してるよなぁと思いつつ、横をすり抜けて門をくぐろうとしたら、入れさせねぇと言わんばかりに、「みゃぁ」と鳴きやがる。

 

なんで、どこの猫とも分からない野良猫に自分の家に入らせてもらえねんだと、こっちが泣きたくなっちまう。しょうがねぇ。キャットフードでも買おうと、もう一度コンビにまで戻ったがいいがよ、生まれてこのかたキャットフードなんて買ったこたぁねぇ。何を買ったらいいんだかわからねぇもんだから、ツマミ用のスルメを買って家に戻ったわけさ。戻ったつうか、もう一度帰ったつうかさ。

 

スルメを買って戻るまでの間に、もうあの野良猫はどっか行っちまったんじゃねぇかって心配になったりしてよ。いや、そのへんの野良猫だ心配なんかしねぇ。せっかく買っちまったもんが、無駄にならねぇかって思っただけさ。まぁ、ビールのツマミにするからいいんだけよ。

 

そんなことを思ったりして、戻ってみると、結局のところまだ居るわけよ。無愛想に首だけ動かしてこっち見上げてて何様だお前は。俺はよ、無愛想な野良猫に餌をやるほど人の出来た輩ではねぇけどよ、せっかく買ったスルメだし、何より家に入りたくてよ、スルメをチョイっと野良猫の顔のそばに投げてみたら栗の時と同じようにクンクンと二度ほど匂いを嗅いで、ちょっと考えた後、今度はムシャムシャ食べやがったじゃねぇか。

 

匂いを嗅いだ後の間。にくいねぇ。くわねんじゃねぇかと思わせやがる、あの間。間を大切にって、てめぇは落語家かっつうの。

 

でもよ、スルメが噛み切れねぇのか、ムシャムシャ手を、いや、猫に手なんてねぇか。前足を使いながら小さなスルメを噛み続けてる姿が面白くてよ。もう一本やったら、同じように匂いをかいで、器用に前足を使いながら旨そうにくいやがる。
それを見ていた俺は、ちょっとにやけちまったじゃねぇか。

 

そろそろ、いいだろうと思って、門をくぐろうとしたら、すぐ隣で「にゃー」と鳴いて、まだスルメを催促しやがる。
「てめぇは何様だ」と言ったら、このやろう、偉そうに前足を立てて座って
「門番様にゃー」
なんて、ぬかしたような態度しやがった。

 

いい加減に、俺も頭にきて説教の一つや二つしてやろうかと思ったが、真夜中に野良猫に説教してたら、近所の目がどうしても気になるじゃねぇかよ。しょうがねぇ。もう一本スルメを投げてみたわけさ。したら、さも当たり前のように食べやがる。いい加減にしろと思って、食べてる野良猫の横をすりぬけて門をくぐったわけさ。

 

後ろで「にゃー」って鳴いたが、俺の耳には届かなかった。

 

で、今日もスルメを買って家に帰ったんだけどよ。先の野良猫はいやしねぇ。いや、別にスルメは野良猫のために買ったわけじゃねぇぞ。久しぶりに、仕事後のビールを買って、そのツマミってわけだ。

 

でもよ。あの野良猫、食い物をもらってんだから、翌日は魚でもくわえて挨拶に来るぐらい可愛げがあってもよくねぇか。
「教育が、教育が」と言ったもんだが、最近の野良猫も出来てねぇなぁ。今度きやがったら、一から教育してやらぁ。覚えてろ。

恋愛週間7


ベッドにうつぶして、ヘッドホンから聞こえる音楽のボリュームを最大限あげた。




花火の音が家まで届くことに、この年になって今更驚いた。
「音が聞こえるなら、花火も少しは見えるだろうか。」
そんな気分にはならず、屋上に上がろうという考えすら浮かばなかった。




思いもしない形で、こんなに切なくさせなくてもいいのに。
花火の音が連続で聞こえる度に、心が打たれているようだった。




きっと、彼女はこの音と共に光も浴びている。
誰かの手をひっそりと握って。
浴衣を着て髪をあげて。




目をつぶると、花火の鮮やかな光が照らす横顔が浮かぶ。
その美しい横顔は、もう聞こえない音よりも心を打ちつける。
「白い浴衣は透けるから。」
そう言っていた彼女は、ぶたの裏で紺色の浴衣を着ている。
帯は、下駄は、、、
そうして、どんどん彼女は、鮮明になっていく。




苦しくなって目を開け、まだある残像に思いをはせる。




花火の音より強いこの思いは、彼女の元まで届かないのだろうか。

恋愛週間4、6


編集後記とでもしときましょうか。




ふと思いついて、勝手に特集を始めて、勝手に悩んで、勝手に終わらせてみました。4と6が抜けてるのは、気のせいです。気のせい。でも、6は9月11日に載せる予定です。




その時までブログがあればね。そして、自分が生きていれば。
4はどうなるんだろう。胸に仕舞い込むのかな。そっと。何も書かれていない原稿をね。







「あのブログは、どこまでが本当のことか分からない。」
とよく言われるけど、他のブログと同じ程度に嘘が混じってます。
それは、大抵、人が言葉を文字にする時、恥かしさだとか、照れだとか、プライド、見栄だとか言ったものに邪魔されて、本音の角ばった部分を丸く納めてるという意味で。





思ったことが書けないのは、「ブログを公開しない」っていう人の理由だったりするけれども、誰かにみられるって思っている以上、自分の素直な気持ちは色々な包み紙に包まれてしまっていて、本当の中身よりも綺麗になっていたり、逆に、貧相に見えてしまったりする。




もっとも自分の手で直接記す日記ですら、誰かに読まれるかもしれない、
もしくは、後々自分が読んだ時にと考えて、言葉を選らんでしまっている。
そう考えると実は、自分の感情なんて発露してすぐ、跡形もなく消え去ってしまっているのではって思えてくる。




このブログには、その程度の嘘が混じってます。それを嘘と言ってしまっていいのか、よく分からないのだけれど。そういった「嘘」をつく能力は生得的なものに限りなく近い気がするから。生きるためにしなければならないものだから。
その嘘を排除しよう、排除しようってずっと思って続けているけれども、どうしても排除しきれない。きっと保身なんだろうね。
もちろん、排除したけっか惨めな自分を曝け出したところで、何かが始まるとも思えないけれど。惨めというなら、そのことに取り付かれている方が惨めだよね。




話は戻るけど、このブログの場合、時系列が嘘だったりとか、書きやすいようにしているところもあるから…
あ、やっぱ嘘が多いです。信じないでね。
というのは、書いていて思ったのが、少なくとも嘘か本当か分からない恋愛話を書いているうちは、彼女が出来ないだろうなってこと。ブログのせいにするなとおっしゃりたいのは重々承知ですけれど。
えぇ、どうせ一人身ですよ。年中暇ですよ。おかげで無駄な交際費はゼロですみますよ。妄想のなかで、恋愛して、セックスして…(以下略)
こういうこと書くからなんでしょう。
みなさまのご期待に副わなければと、常々言い聞かせていますので。自分の身を削ってなにをやってるのでしょう、全く。
みんな感謝しろよ。




たまに、ホームページ上に自作の小説が載せてあって、痛いなと思いながら見てるのよ。
「なにもそこまで自己主張しなくても。誰も、そんな物を載せたって何も思わない。」
小説チックなものをのせて、自分も彼らの仲間入りしてみたけど、やっぱり痛いです。でも、、少しだけ彼らに敬意を評します。だって、パワフルだもん。小説書く気力があるなんて。自分なんて、自分一人を動かすだけで、四苦八苦してんのに、他人を作り出して、そいつの人生作り出して。
何様のつもりじゃい、って思うもん。
あれ?




友人にメールした内容そのままだけど、自分の場合、下地のない空想なんだ。だから妄想のまま終わってる。下地があれば、創造性となって現れるのに。




下地ってなに?って、友人と同じことは言わないでね。




今は、生まれながらに生きることを放棄した白い鳩のような気分。
保護色になれず、天敵に目立つのに生まれてしまった。




自分にとっては珍しい記事だな。これ。ネガティブなことには変わらないけれど。

恋愛週間5


「お待ち合わせですか。」




鼻の下に髭をたくわえたマスターが、サービスです、と言って二杯目のアイスコーヒーを持って来きてくれた。




初めてこの店に来たわけではないが、数度来ただけで、顔なじみでもないのにと不思議に思ったが、軽く頭を下げ、お礼を言って頂戴した。
マスターは、そのままカウンターには戻らず、話しかけてきた。




アイスコーヒーをくれたのは、は若い僕へ話かける配慮なのだろう。
話すきっかけを作るための。マスターの年齢に似合わない子供地味た発想が面白かった。




僕は少し考える。




「待ち合わせというより、待っているだけかもしれません。」




底の方がくびれたグラスを持ち上げ、アイスコーヒーを口に含む。氷がグラスを鳴らす。昔、実家にあった南部鉄瓶でできた風鈴の音に似た、足から徐々に聞こえてくるような深い音がする。




「約束はなさってないと。」





「二年前に当時の彼女と約束したんです。このお店にまた来ようと。
偶然このお店にきたけれど、自分たちは、まだこの店には馴染まない。
それだけの年輪が刻み込まれてない。一年後にまた来て、どれだけ成長したか確かめよう。そして、もし足りなければ、またもう一年頑張ろう。若さゆえ将来が直視できないためにした約束です。約束と言うより願望と言うほうが正確ですかね。かといって、二年前から大人になったとは言えないですけれど。」




「では、一年前もいらっしゃったのですか。」





「一年前は、ヨーロッパの方に行ってましたから。それに、当時、既にその時の彼女とは別れてしまっていました。向こうから、お店に電話しようかとも思ったのですけれど。」




そこで僕の口から出る言葉が止まってしまった。




店の中央の柱にある掛け時計が僕の言葉の代わりに沈黙を埋めた。この時ばかりはと重低音を響かせたあと、また黙りこくる。時報の余韻を味わって、自分に言い聞かせるように僕は話しだす。




「もう少し、もう一度時計がなるまで待ってみようかと思います。」




「これまでで一番長い三十分になりそうですね。」




「そうなるかもしれないし、そうではないかもしれない。」




「短い三十分かもしれないと?」




「ええ、もう着てから二時間はたっていますし。あっという間に。」




「その間、あなたはずっと左手に本を、右手に携帯電話を持っていますね。」




「どちらも使っていないのに―ですね。」




自分の無意味な行為を、ずっと見られていたのを知った恥ずかしで苦笑しながら僕は言う。




「話を戻しますけれど、次に時計が鳴るまでとおっしゃった。」




「どこかしらで区切りをつけたいので。」




「仮に、時計が鳴らなかったらどうします。例えば、この古時計が故障してしまったとか。本当に古いですからね。私の年と同じくらいに。」





マスター自身で時計をわざと壊してしかねない、そんな、無邪気な笑顔をして言う。




今まで何も感じなったマスターの年齢が急に気になりだす。マスターと先ほどまでいた別の客との会話から、この店が三十年も前からあることを知った。二十代半ばから、この店を始めたとすれば、今の彼は五十代の中ごろ。見た目も、そうと言われれば納得できる。
しかし、二十代半ばで神楽坂に店が開けただろうか。それとも、当時は別のマスターがいて、その下で働いていたのだろうか。次々沸いてくる疑問を押し消して、僕はマスターの問いに応える。




「難しい質問ですね。ここで待つからには、ここにあるもので区切りをつけたい。自分の持っている物ではなく。そうすると、店じまいするまでになるでしょうか。」





「それは、自分で決めることの出来ない結論を他者にゆだねている、と、とってしまっていいのでしょうか。」





「僕は優柔不断ですからね。」




優柔不断。自分で言った言葉に小さな溜め息をもらす。




一年以上前のある日、ピアスを買ってあげる約束をして一緒に見に行った。何度も付け替えては、鏡を見て悩んだあげく、僕にどちらが似合うか聞いてきた。




「どっちも似合うよ。」




「そう、じゃ両方買って。」




嫌悪感をむき出しにして言われた僕は少しむきになって両方のピアスを買いたいと店員に告げた。ピアスの入った紙袋を手渡すと、彼女はありがとう、とそっけなく言い、ふてくされた顔をして僕を置いて歩き出した。





何を不機嫌にしているのか全く分からなかったが、急に立ち止まり、振り返って一気にしゃべりだす。
「あなたの、『どっちもいい。』は。『どっちでもいい。』だし、『どうでもいい。』なの。興味がないって言われているみたいで、嫌になる。優柔不断さをごまかすために、選択権を私に押し付ける。呆れるくらいに、いつもそう。」





言葉にはしなかったが、二つとも買ってあげて、何ゆえ文句を言われる筋合いがあるのか。その理不尽さから、そのまま歩き出す彼女の後ろ姿を見送った。




それ以来連絡をとってない。




思い出しながら、そんな子供っぽい理由で別れた過去の自分たちが馬鹿らしくなる。なのに、昔の約束を思い出して、今ここに来てしまった。そんな自分が情けなくなる。なかなか立ち去ろうとしない自分も。




長々と、アルバムの写真を見ながら自分で自分の過去を振り返るように、マスターに彼女と別れたいきさつを話した。その間、マスターは必要以上に喋らず、言ったのは、ただ僕の言葉を引き出す最低限の言葉だけだった。




店の時計に目をやると、さっき時計が鳴ってから五分もたっていなかった。慌てて自分の携帯電話の時計も見るが、デジタルで表示されている時間は、店の時計が指すものと変わらない。




見透かしたように、マスターは言う。




「ここの店では時間の経つのが非常に遅く感じられるんですよ。




だから、ある文筆家さんが締め切り間近になると、よくいらっしゃる。店の照明を明るくはしませんよ、と言っていたんですが、別にいいからと言って、暗い中で筆を滑らしていく。その方が座るのが、あの窓際の席なんですよ。照明を明るくしないと言ったんですけれど、しかたなく、こちらが折れて、照明を調節してその席のテーブルだけ少し明るくなるようにしているんです。」




確かに、他のテーブルは周囲と同色で薄暗いままのに、そのテーブルの一メートル四方に満たない部分だけ照明の光が差し、スポットライトが照らしているように見える。白く浮かび上がったテーブルを見ながら原稿に筆を入れる姿を想像する。なぜか、書いているのは彼女だった。




「そろそろ、来てもいい頃合いですね。」




おもむろにマスターは言う。




「一年前も、このくらいの時間にいらっしゃった。」




少しの間を置いて、マスターの言葉の意味を理解したのと同時に、木の擦れ合う音がし、ドアに付けられた鈴が鳴る。




「いらっしゃいませ。」




店の入り口の方へ、マスターの声が静かに広がっていく。




後ろからハイヒールの音がする。僕は振り向けない。

恋愛週間2


喫茶店を出ると外は雨だった。




鞄から折りたたみの傘を出す。
「今日は雨が降らない。」
そう言い張った彼女は傘を持っていない。




「入れてあげないよ。」
口ではそう言いながら、僕は傘を彼女の方に傾けて歩き出す。




「相合傘なんて久しくなかった。」
そう考えた瞬間、後悔した。
彼女との近すぎる距離を妙に意識してしまう。




白いブラウスの袖と黒いTシャツの袖は、触れ合うたびに解れていく。
二本の解れた糸が一本の絹糸を紡ぎだし、僕の心はその絹糸に締め付けられる。
細く、強く、美しく。
絹糸は彼女の心が紡ぎだしたもの。




動揺からか、歩調が乱され、彼女とペースが合わなくなる。
自然、彼女は傘から出てしまう。
けれど、何も言わない。




先ほどまでの、肩をつかんで抱き寄せようなどと考えていた余裕はまるでない。
横を向くことさえできず、視線だけを向かわせる。
彼女は前方の一点だけを見つめている。
その表情は黒髪に隠され伺えない。




解れが肩まで達し、柔らかな肩が露になろうかというころで地下鉄の駅に着いた。
惜しいと思う一方で、締め付けられた心は限界だった。




傘を畳む間に、位置は入れ違いになり、彼女は僕の右手に位置する。
ブラウスの左袖は雨に濡れ肌が透けていて、幾分寂しげに見える。
そこから伸びた白い腕は眩しく、直視できない。




「まずい」
そう、危惧した通り、彼女は僕の右肩がずぶ濡れなのを見つけてしまう。
僕は、僕の右肩をタオルで拭こうとする彼女から反射的に逃れる。
きっと、タオル越しでも知れてしまうだろう。
雨に濡れ、冷えたはずの右肩に熱が篭っているのを。
いや、右肩だけでなく体中に、だ。

恋愛週間1


よく言えば、従兄のような存在なのかもしれない。




兄としなかったのは、四親等とすることで、
わずかに残された可能性に期待するといった意味はない。
兄妹のような同じ屋根の下で暮らしている者達が放つ熱い絆ではなく、
どちらかというと、暖かい絆があるからだ。




「いま電話してもいい?」




僕にとって珍しい長電話は、いつも彼女から来るメールから始まる。
そして、結局は僕から電話することになる。
「別にいいよ」
そうメールして、電話を待つのは気がひける。




コール音の間、僕はこの言葉を待つことになる。
「もっと、このことに長けている人を選ぶべきだな。」
彼女が相談を持ちかける時の枕詞である。
相談の内容は友人関係、自分の将来、ストーカーのことなど様々だが、
今回は彼女が口にする前から、今の彼とのことだと気づく。
なにも、
「どうしよっかな。」
と、なかなか本題に入れないでいる彼女から知ったわけではない。
今の悩みはそれ以上の悩みなどないだろうから。




話を聞きながら少しだけ心が痛むことに気づく。
焼け焦げて燃え尽きたはずの恋なのに、まだどこかで燻っていたらしい。
彼女の吹く新鮮な空気が鞴からもたらす風のように僕を駆け巡り熱をもたせる。
僕は話しながらベランダに向かい、足をベランダの外へ投げ出した。
梅雨の湿り気を持った外気すらも、僕を冷やす。




ほとんど聞き役に徹し、わずかにしたアドバイスを僕はあまり覚えていない。
「そんなヤツとは別れてしまえ。」
そう言えるだけの図々しさを持っていたら、どんなに楽だっただろう。




電話を切って数分後にメールが着信する。
携帯電話のディスプレイに映し出された彼女の名前を見ながら思う。
古い恋がオレンジ色に輝いた余韻を楽しむくらい許されるだろう。
再び元の炭に戻るまでの間ぐらい。




「ありがとう、素で感謝してます。」




たったそれだけの言葉でうかれ、かすかに残される恋への可能を、
ただひたすら願っていた時期は過ぎた。
もう、自分に与えられた役割をただ果たすことが出来るだけは大人になった。