帰ろう


今更だが、今年の花粉症はつらい。
鼻をかんだティッシュでゴミ箱がすぐに一杯になる。
まるで思春期の男の子の部屋のゴミ箱のようである。




一週間ほど前、箱根に旅行した時は、
他の花粉症仲間が、花粉に襲われている一方、
私は症状がほとんど出ることもなく、普段よりも快適な暮らしをしていた。
田舎暮らしが体に合っているのかと思う。




都心とまではいかないが、都内に生まれ育った自分にとって、
自分の帰る場所という意味での田舎は憧れだった。
概して、思い描くその田舎は、
山間にある清流の流れる村だったり、白い砂浜の続く海辺の村だったり。




いつかは、思い描いた田舎に住もうと思う。
けれど、そこは行く場所であって、帰る場所ではない。
そもそも、帰る場所は、初めからそこにあるものではなく、
自身で作らねばならない。
いや、むしろ、いつのまにか作られているものなのだと、
卒業パーティーを終えて思う。




しかし、これを維持するのも大変だ。
名残惜しそうに少しずつ減っていく宴の後の友人たちを見てそう思う。




ついでに、維持費もかかるなぁ…。

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ゼミ室から出るのがはばかられる。
誰かが来るのではないかという、淡い期待。
何も、今日だけでなく
ゼミ室に一人でいると、いつもそんなことを思う。
けれど、今はただの期待ではなく、願いに近い。
誰か来て欲しいという願い。




「大学に期待してはいけない。」
そう言って、大学への執着心がまるで無かった自分が
今、誰よりも一番ここに執着している。




画面が見づらくなってきた。
かすんで見える。




なんて。




最後にいたずらでもしておくか。
そうだ、ゼミのパソコンのパスワードを変えてしまおう。




新しいパスワード:arigato




言葉


言葉が好きではない。
それを無口な理由にあまりしたくはないけれど。




言葉は感情より後発だ。
ならば、言葉は感情に追いつけない。
そんな言葉にどれほどの価値があるだろうか。




などと、もっともな理由をつけてはみるものの、
単に、言葉が自身の語彙の少なさや表現力のなさを露呈させることに
嫌気がさしているだけだったりする。
もしかすると、そこに、
つまり、自分を測るものであることに価値があるのかもしれない。




そして、今も言葉が生まれない。




伝えたい事が山ほどある。
伝えたい人が山ほどいる。
だが、言葉は生まれてこない。
口からも、手からも。
感情は塊となって自分を襲いそのまま消えてゆく。
言葉にはならない。
この感情を伝える手段ではないのだ。




だから言葉は嫌いだ。

強がり


「血が通った」と言う。
その血が感情ならば、感情は生の証だろうか。
だが、その存在を恨めしく思う。




感情が邪魔をする。




傷つくのを恐れて必死に見繕った言葉では許せなかった。
激情にかられ、対応が悪いと不満をぶちまける。
それが精一杯の強がりであるのも気づかずに。




いま知っても遅い。
あの言葉達が、今にも崩れそうなほど震えていたのを。
そんな言葉で、自分を守ろうとしてたいじらしさを。




人を傷つけながら成長するならば、
あと、どれだけ人を傷つければいいのだろう。

恋路


二人とも素直ではない。
このまま進めば交わることはないだろう。
だが、進むべき道が分からない。




と思っていたのは自分だけらしい。
彼女はスタスタ歩いていってしまった。
残ったのは、彼女の足跡だけ。




道はある。
足跡をたどるか、自の足跡を残すかだ。




もちろん尻を追いかけるに決まっている。
安産型の彼女のものは大きく目立つ。




と言ったら、彼女の速度は増した。
さて、次は何を目印にしようか。