アート・アート・アート

CHANELが主催するMobaile Artを見てきました。

移動式のバビリオンで世界中を周る展覧会ですが、アートというよりアミューズメントパークに近かったです。

当日入場は1時間待ちって、そこからしてディズニーランドみたいですね。
入場人数が制限されていて、入り口でヘッドホンを付けてもらい、そこから流れるメッセージや音楽に合わせて一つ一つのアート空間を渡り歩いていきます。
導かれながら見るアートは面白い感覚でした。

作品の一つに女性のヌード写真があって、よくもまぁこんなに女性の美しさを際立たせたものを撮れるなと関心してしまいました。アラーキーの作品なんですね。ふーん。


タクマ クニヒロという写真家のブルー・ノートという写真集を見せてもらいました。

 会社を辞めてカメラマンになろうと思った。

から始まる短い言葉が、写真1枚1枚に添えられていて、写真家になるまで、写真家になってからを色濃く残しています。

誰かにあげたくなる写真集です。
▼ブルー・ノート
http://www.k-takuma.com/blue.html

色々と見てしまうと、うがった見方をしてしまって、この写真家のことを心底好きにはなれなそうですけどね。


名刺を整理していたら、以前、雑誌の表紙の撮影の際にお会いした、確か同い年の女性のカメラマンの名刺が目に入って、彼女のホームページを見てみました。

撮影のときは、歌手である被写体との距離感をすぐ縮める技術と、他の人たちが入れない二人だけの空間をつくっていることに圧倒されていました。

ホームページに掲載している写真も、要素がつまっていて、被写体が迫りくるようです。「写真に物語がある。」ってこういうこというのだろうと納得してしまいました。

彼女が作品を作るのに、どれだけの人とのやりとりをしているのだろう、などと考えてみたりして、いかに自分の夢にリアリティを持たせていないかというのも同時に感じていました。

もっと話を聞いてみればよかったと後悔。

ためらい

仕事でミスったわけでも、失恋したわけでもないけど(いや、いつも失恋してるかもしれないけど)、また髪が短くなりました。

まだ「髪が薄くなりました。」という報告をせずに済んで嬉しいです。額の脇が薄くなってきているかと思ったら、それほどでもなくて心底安心しました。

気分を切り替えたくて、それを髪に委ねるのも安易だけれど、気持ちって単純なものだったりするから。

懇意にしていた美容師が三月で辞めて、何人かに髪を切ってもらったけれど、これっていう人がいなくて。髪にそれほど気を使っているわけではないから、技術というより相性なのかしれない。

「二年前も坊主だったんで。」
「じゃ、覚悟はできてますね。」
そんなやり取りがあって悪いとはいわないけれど、なんか違う。

バリカン使ってもいいですよ、という申し出に頑なに拒否して、形がうまく作れないから挟みで切ります、って。どっちでもいいけど、バリカンのが楽でしょうよ。あなたが。

けっきょく、その髪の形をこだわったせいなのか、坊主っていうほど髪が薄くならず、踏ん切りが悪い形で頭に髪の毛が残ってしまった。

「坊主にする。」
って言って、この髪型だとなりきれてないというか、ちょっとヘタレ。潔くない感じが、まるで本物の自分みたい。

最後に、ワックスでのスタイリングの仕方を散々教えてくれてた。髪が流れている方向と逆の方向に髪を立てるように。反時計回りね、と。

でも違うんだよ。

坊主にしてというお願いに求めていたものは、形とか、格好よさじゃなくて、潔さだったり、踏ん切りだったんだけどなぁ。大した決断じゃないけれど、それなりに腹を決めてお願いしてるのに。気分を入れ替えたいのに、みみっちく残したら、気分まで晴れないじゃん。ただでさえ大雨なのに。

江戸っ子の気持ちが分からないかなぁ。なんて。

おなかへったー

Riverdance

心をえぐるようなバグパイプの強烈な音が耳音にくすぶっています。
タップの力強い響きが加わって、頬まで熱くさせます。

楽しみにしていたはずなのに、昨日は気分が乗らずに溜め息ばかりついていたし、席に着いて幕が開いてからも、やや強引に連れて来た人が楽しめているのか心配で集中できなかった。

でも、いちど最初に見たときの興奮が蘇ってしまったら、押し寄せるダンスの圧力に飲み込まれて幸せな時間を過ごせた。

薬をいっぱい飲んで、気管を広げるためのシール式の薬も胸に張り万全を期したおかげで、咳は一度もでなくてよかった。

ただ、劇場のステージが狭すぎ。本来の半分ほどのステージで、当然、ダンスをする人数も半分くらいしかいない。奥行きはないから、派手なパフォーマンスもあまりないし、オーケストラも数人だし。

前方の真ん中という、いい席で見られたからいいものの、後ろの席だったら物足りないだろうな。実際、すぐ後ろの人が幕間に話していた。
「(本来の)リバーダンスを見れると思ってきてたらちょっとイメージ違うね、迫力が薄いよね。」
うんうん、と頷きつつも、終わるまでは言わないでと思ってしまった。途中でそんなことを言われてしまったら、本当に夢から覚めてしまいそうじゃん。せめて終わるまでは、他と比べたりしないで楽しみたかったから。

他にも、アンコールもなくあっさり終わってしまったとこにも、ちょっと肩透かしをくらってしまった気がする。

すごくすごく良かったし、見れて本当に嬉しかったし、2時間が恐ろしく短かかったし、いつまでも見ていたかったし、勢いでDVDを買ってしまったし、明日の東京最終公演も当日券で見に行きたいくらい。
でも、日本公演がこれで最後らしいけれど、最後に見たリバーダンスにはしたくないな。

次回はニューヨークかボストンで見よう。いつになるだろう。

余談だけれども、バグパイプでリードのない物をつかっていて気になった。イリアン・パイプスという脇に挟んだ鞴で音を出していたらしい。

マイク使ってじゃなくて、生の音で聞きたかったな。

それも次。次に期待。

診断結果

これから訪れる朝までの淡い青色に包まれる時間が昔から大好きです。

本を読んでいたら、そんな時間帯になってしまいました。時を忘れられる本に出合えるのは幸せなことですね。明日のことを考えなければ、そう思います。

睡眠時間が短いと生きていけない人なのでいけませんね。今日は、病院に行くといってゆっくりしていたけれど、明日は遅れていくわけに行かないのが、逆に眠りにつく気分を害します。

咳がまだ続いていて、もう二ヶ月になろうとしています。以前ほど頻繁には出ないものの、時折激しく咳き込んで涙します。しかたなく、久しぶりに医者に行ったら、また怒られました。

「過敏性喘息だね。もしかしたら、今はやっている百日咳かも。まぁ、薬は同じで大丈夫だから。」

診断結果はなんだかいい加減です。嫌いではないですが。

週末にリバーダンスを見に行くので、そのときまでには治していたいと思ったのも、医者にいくきっかけです。やむにやまれない時でないと、医者になんていきません。だって、待たされた挙句、どうせいい加減なんだもの。

ここ何週間は、リバーダンスを楽しみに、生きがいにして生きてきたので、見終わったらどう生きていこうかと思案しています。

そういえば、病院で体温を測ってもらうと36度6分あって、5分代が平熱な低体温の身の持ち主としては、微熱といった感じです。

「ちょっと普段より高いよね。最近、体がだるいとか、やる気が出ないとかない?」

 医者に聞かれて、

「やる気がないのは、いつもです。」

ついつい本心を言ってしまいました。
困った大人になったな、日本も終わりかなと、幼少の頃から診てもらっている初老の医者は思ったことでしょう。

こんな大人になってゴメンナサイ。

さちあれ

幸あれ

と文末に書かれたメールがなんだか投げやりな言いぐさな気がして面白かった。

"Good Luck"と書きたかったのだろうけど、あえて「幸あれ」としたのだろうか。幸という大きなものをドスンと置かれた気になる。Good Luckだと、幸せがひらひら舞い落ちるようで、気分も楽なのに。「幸あれ」って、なんだか他人事っぽくて文末にあると一抹の寂しさのこる。それを含めて面白かったのだけれど。

お風呂から出て、なんとなくそのままピアノが弾きたくなって、裸のままピアノを弾いていたら、治りかけていた咳がまたひどくなりました。屋内といえ、雨の降る寒い日にバカですね。さすがに下着はつけていましたが。

裸でピアノっていうと、中山可穂の「 サグラダ・ファミリア(聖家族) 」を思い出す。
レズビアンのピアニストが情事のあとにピアノを弾く。ピアノの鍵盤にはやがて死ぬ恋人の体の香り染み付いていく。官能小説みたいだけれど、そう遠くない。

ただ、そういった行為に少し憧れてしまう。誰かひとりのためだけに弾けるなんて羨ましい。音にも香りがまとって綺麗な音が出そう。

久しぶりに新しい曲でも覚えようかと思いつつ、なかなか楽譜を手に取ることができていない。それこそ、情事の後にあなたのためだけにと弾くことにでもなれば、少しはやる気ににもなるんだろうけどな。

そんな雨の週末。ゴホゴホゴホ。