ネガティブ同盟

先日の日記が思いのほか共感されてしまって、なんだかうらぶれた気分です。確かに、自分の気分にピッタリな音楽を聞いて勝手に盛り上がって相手も自分のこと好きなんじゃないかとか妄想しちゃうのかもしれませんが、そのBGMは相手には聞こえていませんもんね。そりゃそうです。もう告白なんてしません。してないけど。

っていうか思ったんだけど、そもそもカントはどんな嘘も許してないんだから、動機うんぬんのまえに、嘘をついている時点で道徳的じゃないんだよ。ざまーみろ。

昨年に引き続き、二年連続でおみくじが凶でした。調べてませんが、今年も大殺界な気がします。おみくじを引くと、高確率で凶のような気がするのは気のせいでしょう。

精気を失いかけている人に対する凶は、それこそ凶器になるので本当にやめてください。失神したら責任とれるのですか?神は死んだとか言いながらクールぶってそうかもしれませんが、けっこう気にします。気にするから朝の占いは見ません。寝坊してるだけだけど。勝負パンツはありませんが非勝負パンツだってあるんです。これを履いたら負け決定のやつ。そんなことはどうでもいいのですが、去年は凶でも乗り切れる気分でいましたが、今年はどうも気分的にそういかなそうなので、別の日に再訪してもう一度おみくじを引いてきました。その方がいいらしいので。

訪れた時間が遅かったので、おみくじを売っている可愛い巫女さんはいませんでした。お寺なので神子さんなのかはわからないですけど。ただ、このお寺には裏技があって、可愛い神子さん営業外でも、小さな獅子舞が踊りながらおみくじを出してくれるブースがあります。動きがぎこちなくて、機械っぽい気がしますが、トランス状態なのでしょう。舞っているうちに、おみくじが突然あらわれて、やはりぎこちない獅子舞がそれをくわえてさらに踊ります。じらさないで早くそのくわえてるおみくじをよこせと言いたくなりますが、神聖なぎこちない踊りの最中です。決してそんなことを言ってはいけません。

夕暮れ時の人気がまばらな境内で、ピロピロと音楽がなりつつ獅子舞が踊り、その前にアラサーの男が一人たたずんでいるのはシュールです。羞恥プレーもいいとこです。それを見ていたアラフォーの男が一人隣のブースにきて、同じように獅子舞を踊らせてはじめました。この光景はさらにシュールです。私の方の獅子舞は邪魔が入って機嫌を損ねたのか、舞を止めてくわえていたおみくじをペッツと小さい穴に吐き出しました。1分近くにわたる羞恥プレーが終わっておみくじ開封の時間ですが、これで凶だったらどうしようとか大吉だったら帰りに宝くじ買おうとか色々な考えが頭をめぐります。

結果は、末吉でした。

いろんな意味で微妙かもしれませんが、心底ほっとしました。
大吉とかが出ず、凶から末吉への昇進というがリアルでいいです。小さな一歩かもしれませんが、大きな一歩です。しかも、書かれていることが本当にリアルで心にしみる言葉ばかりでした。

目標をしっかりもちましょう
家族には心を開きましょう
良い出会いがありますが、結ばれないでしょう

とか。さすが神の舞を踊る獅子舞。なんでもお見通しです。

ちなみに、おみくじの自動販売機じゃなかった、獅子舞によるおみくじは神子さんからいただけるのより費用が100円余分にかかります。個人的には、可愛い神子さんの方が貴重なのですが。

「このおみくじの良い出会いっていうのは君との出会いのことだと思うんだ。」
「でも、書いてあるでしょ?私たちは結ばれないわ。」
「運命の出会いを果たした僕たちに神様が嫉妬してるんだよ。」
「そうかもしれないわ。でも私は神様に使える身なのよ?ロズウェル。」
「神様に逆らってまで運命なんじゃないかい?ローラ。」
「ロズウェル、私はどんな罪を受けてもあなたと一緒にいくわ。」
「何を言ってるんだ。君への罪は全部ぼくが引き受けるに決まっているだろう。」

とかいうドラマが始まるかもしれないし。

何はともあれ、2011年、末吉(ときどき凶)な一年になりそうです。凶な出来事は全部ローラにくといいな。

年のわりに成長しなさはひどいものですが、先日の代表戦での香川のゴールにも心底ほっとしました。J2時代からの思い入れのある選手の1人なだけに、決勝トーナメントに入る前の不調、といってもゴールがないだけで輝かしいセンスを随所にみせていたと思っていますが、良い動きができていなかったのは事実で心配していただけに、ゴール前に詰めて決めたゴールであっても充分すぎるほどほっとしました。

年下の選手にたいして、まるで親のようにそう思う程度に年はとったっみたいです。

裏道

新仲見世通りの西の端に学生時代のアルバイト先があった。

 

浅草駅を降りると人混みを避けて新仲見世通りから数本隣の細い道を使い通っていた。その裏道には、隠れた名店と言われてそうなフランス料理屋やさびれた日本料理屋、その隣に古いラブホテルと場末のような薄ら寒さすら感じる細い通りだったが、細い通りから目抜き通りに出たときにはある種の爽快感があった。そしてまた裏道へと入り、食通街を抜ける。朝なら蕎麦屋がガラス越しに蕎麦を打っていて、昼なら隣の煎餅屋が直火で煎餅を焼いていた。

 

同じ道のりを数年ぶりに歩いてみたのだが、低層階の古い建物の奥にそびえるスカイツリーを見ると、裏道だけでなく街全体が時代に取り残された場所のようで余計にうら寂しく感じてしまう。ただ、裏道にも蔵を模した造りのカフェやコンクリート打ちっ放しの寿司屋ができていて、そういったお店には周りから浮いたおしゃれさがあった。一番驚いたのは、先のラブホテルがTOKYO KABUKIという森田座式の定式幕を真似た黒、柿、萌黄一面の派手な外装になっていたことだった。看板には「歌舞伎」と書いてあるが、大きさから劇場とも思えず窓口もない。中も見えず、何のお店なのかが分からなかったが、よくよく看板をみたらGUEST HOUSEと書いてあったので、ラブホテルを改装して外国人向けにしたのだろう。あるいは、内装もそのままでラブホテルに興味のある外国人向けなのかもしれない。

 

つぶれてしまったカフェでアルバイトしてた身として言うのもなんだが、浅草には駅前以外、利用客のわりに使えるカフェが少ないと思う。ただ、使えるというと、静かで、椅子やテーブルに余裕があり、なおかつ禁煙席。さらに電源が使えるとなおいいという勝手な要望になってしまうのだが。浅草は、そもそもおばさま方が多いのでうるさくてしょうがない。あげく土地勘もなくなってしまったので、カフェを探してぶらぶらしていたら、浅草と関係ないけれど大曲曲げわっぱのお店や帆布を使った鞄屋といった新しい店舗が開いていて新鮮だった。

 

古くからある洋食屋が美味しそうだったし、年配の男女が列をなしていた演芸ホールの落語も興味がある。帰りに新仲見世通りを抜けていたら、「1着買ったら、もう2着目無料」って、どっかのスーツみたいな売り方をしている洋服屋があって笑った。かつては何気なく通り過ぎていたプロマイドのお店とか、観光客気分でのぞいたら面白そうだ。まぁ買わないけど。

 

そのうち、じっくりと浅草観光をしてみたい。

さよなら。いつかわかること


あなたを必ず思い出します
笑うとき 目覚めるとき 寝るとき 海を見るとき
あなたの思い出を忘れません




イラクに派兵されていた妻の戦死を12歳と8歳の娘に伝えることができず、次女がねだったフロリダにある遊園地へ行くのだが、遊園地に向けて車でどれだけ走ったところで戦死した事実から遠のこくことはできず、隠していた哀しみの滴が少しずつ溢れて、娘にも伝搬していく。




とても慎み深い作品で、抑揚のない映像と台詞の少ない。それでいて、一つの映画として完成されているのだから、役者の演技や音楽を含めた構成が一体化した空気感のようなものがあるのだろう。押しつけて魅せるのではなく、自然と取り込んで魅せる希少な作品。

告白

は?好き?

冗談抜きでそういうことやめてくれる?私があなたに何の感情も持っていないこと知ってるでしょ?

「玉砕覚悟で」って言ったら格好いいかもしれないけど、玉砕される相手の立場になって考えてみたことある?愛してるだの、好きだだの言ってるくせに、どこまでも自分本位。「好き」なのはあなたの方だけ。その好きな気持ちを押しつけてるだけって、早く気づいてくれないかな。あなたにとって、その愛は崇高だかなんだか知らないけれど、一方的な愛情ほど迷惑なものはないから。せめて自己完結させて共有しようとさせようとしないでくれる?あなたが考えている以上に、私にもデメリットしかないから。

まず、あなたにとっては好きな人に振られた最低な一年の始まりかもしれないけど、好きでもない男に新年早々「愛してる」とか鳥肌がたつようなことを言われた私にとっても最低な一年の始まりなの。

それだけでも最低なのに断らなきゃいけない。しかも、ただ断るだけじゃ、
「純粋な気持ちを伝えてるのに、あなたには誠意がない。」
とか言われてストーカーになられても困るから丁重にお断り申し上げなくちゃいけない。遠回しに伝えたり、できるだけ傷つかない言葉を選んであげるのもそれなりに労力を使うし、心だって少しは痛む。それが、あなたにはわからないでしょう?しかも、そしたらそしたで、どうせ
「遠回しな言葉を使うくらいなら、ストレートに本心だけ言って欲しい。」
とか言ってくる。ファックユー。

振られた方は気持ちをスパッと切り替えればいいかもしれない。でも、振った方は罪悪感みたいな嫌な感情を引きづっちゃうの。私は何も悪いことをしてないのに。ほんと最低の上に、最高に後味が悪い一年の始まり。その後味の悪さがあと362日も続くのよ?信じられる?

それに、2011年を振り返ったときにまず思い出されるのが、この告白になったりしたらどう責任とてくれるの?2011年の存在を消してくれる?2012年に地球滅亡させてくれる?

別に、
「自分の顔を鏡で見てからものを言いなさいよ。」
そう言ったっていいのよ?
でも、そんなことを言ったなんて話が友達や知人に広まったら、私の評判はがた落ちじゃない。せっかく生まれ持った美貌と磨き上げられた性格の良さで私のブランド価値をここまで高めてきたのに。

だから、きっと
「あなたって素敵な人。私にはもったいわ。」
とか、
「ごめんなさい。私にはずっと好きな人がいるの。交通事故で死んでしまったけれど、彼のことが忘れられないし、裏切るようなことをしたくないの。ぐすん…。」
なんて心にも思ってないことを言うはめになるの。

カントに言わせれば、あなたに気を遣った言葉には道徳的価値がないことになるの。だって、気を遣った動機に道徳的な価値がないもの。まぁ、これはサンデル先生の受け売りなんだけど。
それって最低じゃない?まるで私自身に道徳的価値がないような言われよう。私がそんな葛藤にも悩まされなくちゃいけないってことを、あなたは分かった上で告白しているの?

それを分かった上でどうしてもというなら、ヴィトンのバックとグッチの時計とプラダの財布を持ってもう一度告白しにきてくれる?そしたら、考え直してあげるわ。

あ、あとベンツの鍵も追加ね。

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別に誰にも告白してませんけど、今年もよろしくお願いします。