螢川 ~ 宮本 輝

本棚を片付けていたら見つけ、宮本輝つながりで短いこともありつい。手元に残る本の中では古い部類で、紙は黄ばんでページを捲るたびに黴びたような古い臭いが舞う。奥付に記されている刷られたのは平成7年で、当時中学1年か2年。冒頭にある主人公の性の目覚めを、どんなふうに読んだのか、意味を理解できていたのか記憶にない。それどころか物語の舞台を長崎だと思い込んでいたほど本と共に何も残されていなかった。

 

ただ、どんよりとした明るい話ではないことだけは覚えていて、ストーリーと自分の過去も思い返しながら雪道を進むような重い足取りで読み進んでいったが、主人公達が蛍を見に行くときになって蛍を見に行った彼らの寂寥感を蛍の群れが狂おしいほど照らす光景を鮮明に思い出した。

 

それって、火垂るの墓?

 

「空気の研究」という本を読んでいるさなかで、簡単に空気という言葉を使うのは憚られるのだけれど、著者は物語の空気を醸造するのが上手い。さて、この場合の空気とは何を指すのか。はてはて…。

 

蛍川・泥の河 (新潮文庫)

著者/訳者:宮本 輝

出版社:新潮社( 1994-12 )

文庫 ( 190 ページ )


愉楽の園 ~ 宮本 輝

満ち足りた惰気とでも言えばいいのだろうか。解説では「ゴーギャンが描いた真昼の午睡のけだるさの涯」と例えているけれど、そんなタイのまとわりつくような空気に身を任せて堕落していく気分を味わいたくて、久々に手に取ってみた。

 

初めて読んだときはタイはおろか海外にすら行ったことがなく、物語の艶めかしさも相まって外国を一括りにしてどこか幻想的に捕らえていたけれど、いま読み返してみると、ここまでバンコクの空気を醸し出している小説は他にそうはないだろうと思う。

 

バンコクはあまり好きではない。にも関わらず、なぜ本の中でバンコクの空気に触れたいという欲求が生まれたのかは謎。

 

再読といっても、覚えているのは概略だけで結末すら忘れてしまっていた。だったら何のために本を読んでいるのだろうか。

 

過去、この本をきっかけにいくつか著者の本を読んでみたけれど、サスペンス的な要素がどうも合わなかった。ただ、この本にも充分その要素はあって、何をどう誤解したのかがよくわからなかったりする。

 

この世は謎だらけ。

 

愉楽の園 (文春文庫)

著者/訳者:宮本 輝

出版社:文藝春秋( 1992-03 )

文庫 ( 443 ページ )


純情さと健気さとやるせなさと

せっかく復活したiPod touchさんが今度は行方不明になってしまったものの、家出か拉致かと騒ぎにはならず。まぁ液晶は割れているし、個人情報入れていないし、そもそもパスワードかかっていたしと、全く愛情のない持ち主だったものの、家出先はとある公共施設なのは間違いなく迎えに行ってきた。地下の管理室で警備員ぽい初老の男性が対応してくれたのだが、「高価な物だし、間違いがあると困るから」といいながら身分証も見せず、紙切れに名前だけ書いただけだった。人相がよかったからだろうけど。

 

そのついでに、近くにある神社に行ってみた。七五三に都合が合わなかったと思われる、和服を着た子供を連れた家族連れが何組かいたりと、そこそこ賑わっていた。お参りしたついでにと、いい年した男が一人でと思いながらも人目を忍びながらおみくじを引いてみた。

 

みくじ筒からでた棒に書かれた番号の引き出しを開けると、既にそこには凶の文字があった。せめて裏返しにしといて欲しい。手に取らず、見なかったことにして引き出しを閉めようかとすら思った。これで、年始に引いて以来、2度目の凶。昨年の初詣でも凶。すさまじい負のオーラ。無駄な弁護をすると、今年は凶のあとに小吉をひいているので、3連続ではない…。昨年、今年と起きたことを考えると、むしろ凶でないと未来に希望がもてなかったけれど、凶なら凶で未来にそれだけ希望がもてないわけで。凶という文字に呪いが宿っているのかとすら思ってしまう。もはやトラウマ。

 

神社からの帰り道、参道に並ぶ団子屋の売り子のアフレコでもしてみようかと思ったけれど、そんな気にもならない。お参りする前に、今川焼きを買って食べながら行ったのが悪かったのかなとか、お賽銭に小銭がなかったから1円玉5枚しかあげなかったのが悪かったのかなとか、普段ではありえないくらい純情である。そもそも、おみくじをするお金があるのに、わざわざ1円玉をかき集めているあたりも健気というかやるせなくて泣けてくる。

 

家に戻って、あるアイデアを実用新案として登録しようとしていたことを思い出して、色々調べてみると弁理士への報酬が高い。自分で申請書を書いて出せる物かと、そのアイデアに関連する特許を調べていたら、ほぼ同じ物が特許として出されていた。というか、ある企業が申請した特許が却下されたのに対して審決取消訴訟をした際の判決文があって、その却下された特許の内容がほぼ同じだった。判決は 「原告の請求を棄却す」。内容は法律用語がよくわからないし、言い回しもよくわからないので途中で読むのが嫌になった。まぁ、どちらにしても、億万長者になる夢は露と消えた。チッ。

 

これが凶を相殺する出来事として終わればいいけれど、過去の経験から言ってこんなもので済むとも思えない。そんなわけで、戦々恐々とする毎日であります。

 

まぁ、なんでもかんでも凶のせず努力せいってことなんでしょう。きっと。

 

吉を呼び凶を避ける風水の活用術

著者/訳者:茅山 居士

出版社:東洋経済新報社( 1995-11 )

単行本 ( 379 ページ )


レビー・クルピ

クラブに時代というものがあるとしたら、時代を作るのは誰か。監督を選び補強の方向性を決めるGMや強化部長なのか、戦術を決めチームを司る監督なのか、ピッチ上で躍動するスター選手なのか。

 

今年の7月にオフト氏がもっていた外国人Jリーグ最多試合指揮数を塗り替えたレピー・クルピ監督の退任が発表された。1997年に1年間と2007年途中からの約5年間、セレッソの監督として指揮した。決して資金の豊富ではなく、補強も思い通りにいかないクラブとしては異例の長期監督だった。

 

ブラジル代表監督としても名前があがったほどの人物だが、結果を残せる監督だったかと言われると疑問符がつく。1年目、2年目とJ1昇格をあと一歩の所で逃し、昇格した年もJ2優勝を目前の直接対決で敗れ2位での昇格。J1昇格後、ACL出場となる3位となるものの、毎年「チームがフィットするまでに10試合はかかる。」と、初夏までエンジンのかからないチームにもどかしい思いもした。せめて、春の成績がもう少しよければ優勝も狙えた、と。

 

とはいえ、就任当時ボランチやサイドバックだった香川を日本最高のアタッカーに育て、マリノスで燻っていた乾を相方として彼の日本屈指の技術を遺憾なく発揮させる。さらに、大分時代から定評のあった清武もいまや日本代表に欠かせない存在になり海外移籍は秒読み段階にと、チームの顔を次々に作り上げた功績は素晴らしい。香川、家長、アドリアーノ、乾と半年ごとにチームの主軸となった選手が抜けていくなかでチームの作り直しを図りながら魅惑的な攻撃陣を作り、選手を才能を伸ばす手腕は確かだった。タイトルこそ未だ手にしていないが、クラブの新しい誇りを作り上げたのは間違いなくクルピ監督だ。

 

話は最初の疑問に戻る。セレッソの顔といえば、かつては森島寛晃だった。そう考えれば、ここ数年の顔は香川と乾という2人がクラブの顔であり時代だったのも間違いない。ただ、彼らを輝かせ彼らの時代にさせたのはクルピ監督であったし、監督を招聘し、マリノスから乾をレンタルし完全移籍へとこぎつけた梶野GMもまた時代を作った1人といえる。監督、GM、選手という三つの車輪が最高の形で噛み合い回っていた時代だった。特定の誰かの時代ではない、関係者それぞれが作ったといえる時代こそクラブにとって最高の状態なのかも知れない。

 

しかし、香川、乾の両選手は巣立ち、監督は今季で退任する。育成クラブの看板を掲げはじめられたのも、世界へと旅立った香川と乾の2人がいて、彼らを育てたクルピ監督のサッカーがあったからこそだった。今ようやく、そのサッカーに憧れて才能のある選手が入ってくるようになったばかりであり、彼らが香川や乾のように世界に旅立ち、新たな選手が入ってくるというサイクルが出来る前に退任してしまうのは、残念というよりクラブとしても不安が残る。主力にすらレンタルの多いセレッソは、来期に今の選手がどれだけいるか分からない。なおかつ現在の軸である清武が海外移籍する可能性もある。一つ間違えれば、低迷、降格という憂き目にもあいかねない。残ったGMの手腕が再度問われることになる。

 

幸いなことに、扇原、杉本、永井といった若い才能がいる。おそらく徳島にレンタルされていた柿谷も戻って来るだろう。時代を彼らと共に作ってくれる監督が来てくれることを、クラブのためにも日本サッカーのためにも願いたい。

 

 ****

 

J2時代とはいえ、香川と乾の2人は、いま見ても何度見ても楽しいサッカーをする。彼らの能力を引き出し、サッカーの楽しさを改めて教えてくれたクルピ監督に感謝。清武、家長を含めていつか代表で同じピッチに立つ姿を見られるといいな。

 

 

 

悪人

見たいなと思いつつ、誘われたのに断った変な思い出のある映画。メッセージ性の強い、いい映画なのかもしれないけど、気が滅入っている時に見るべき映画じゃない。さらに気が滅入る。いっそ、登場人物全員を最後に破滅させちゃえばよかったのにとか思ったり思わなかったり。

 

悪人 スペシャル・エディション(2枚組) [DVD]

販売元:東宝( 2011-03-18 )

時間:139 分

2 枚組 ( DVD )


昭和16年夏の敗戦 – 猪瀬直樹

かねてから読みたいなと思っていたものの、著者と政治信条が合わなそうだしと一方で敬遠していた本書。別の本を探しに行った本屋で目に入ったのでせっかくだし、と読み始めてみた。

 

対米開戦の前年、昭和15年に総力戦研究所を設立し、軍官民から中堅のエリートを研究生として徴集。総力戦に関する教育と研究をし、翌16年の夏に対米戦争を想定したシミュレーションを行い、首相官邸でその結果を報告。その内容とは、戦争の長期化、物資不足による疲弊、終戦末期のソ連参戦を予測したもので、1ヶ月後に総理大臣となる東条英機も当時陸相としてその報告会に参加しているが、「それって机上の空論でしょ?(意訳)」という感じでその場で一蹴している。

 

その総力戦研究所を資料や研究生等の日記を通して研究成果を中心に実際の開戦までの流れを詳細に描写している。

 

この著書、及び先の研究所が話題にあげられる際、「開戦前に若手のエリート達が敗戦とソ連参戦を予測していた」と彼らの先見性を称賛し、暗に当時の政府を非難するような形になるのだが、称賛すべき点はそこではない気がする。敗戦に関しては海軍や東条内閣の主要閣僚ですら長期戦になれば敗戦は免れないと考える者も多かったし、先の研究結果を聞いた東條も同じ戦況になると予測しているのではないかと総力研究所の研究生の一人が示唆している。ソ連参戦についても、その時期は別として独ソ戦が始まった段階で、日ソ中立条約が締結されていたものの日ソ間は常に緊張状態にあったことを考えれば、決して想定できないものだったわけではない。ただ、総力研究所の予測が他と違ったのは研究生の出身元の官庁や機関などから極秘資料を含めた資料を持ち寄り、肌感覚ではなく数値として裏打ちされた予測結果を出したことにある。

 

また、総力研究所の研究過程が非常に興味深い。机上演習と呼ばれるシミュレーションの際、研究生で模擬内閣を作り「総理大臣」を始めとする各大臣に研究生おのおのが着任し、「閣議」や「大臣間の会議」をすることで「英米の経済封鎖に対して、南方の資源を武力確保する方法をとった場合どうなるか」という課題に対応する。先に述べたように、シミュレーションには各種のデータを収集し、第二期(昭和16年12月)、第三期(16年8月)、第四期(9月)…第九期(17年4月~10月)というように期間を区切りながら、その状況に応じた「閣議決定」を出していく。

 

そのシミュレーションの結果、現実に近い結果を予測できたのは、独立した機関であった点と、なにより研究結果が政策決定に影響を与えなかったことが大きいのだろう。外部からの圧力もなく純粋に収集したデータから、結論に必要な数値を、これまた純粋に出している。ただそれだけのことなのだが、政府にはそれができない。同じ頃、物資や経済の政策を決める企画院等の政府機関では石油の備蓄量など「空気を読んで」戦争遂行可能となる数値を出しているとしている。

 

最近のTPPの経済効果なんかは正にこれで、それぞれ独自に調査した結果が下記のようになっている。

 

内閣府は参加の場合、10年間でGDPが2.4~3.2兆円増加。

農水省は参加の場合、11.6兆円の損失と雇用340万人減。

経産省は不参加の場合、GDP10.5兆円減と雇用81.2万人減。

 

どの試算が正しいかどうかは別として、今でも「空気を読んだ」数値を出すということは変わっていない。

総力戦研究所が何らかの形で政策決定に関わる機関であれば、研究員の得られる情報は「純粋」な情報でなくなっていただろうし、出す結論もまた純粋性を失っていただろう。

 

 

本書では、開戦を決断した東條英機にも焦点を当てている。陸相辞職を楯に開戦を迫ることで第二次近衛内閣を総辞職に追い込んだ東條をあえて首相にすることで天皇の意志である戦争回避を実現しようとした木戸内務大臣等の政治決断の流れが面白い。天皇に実直である東條は、自信の主張とは反対の戦争回避に奔走するが、結局「空気」によって開戦へと押し切られてしまう。

 

さらに最後には研究所員のその後も触れられているのだが、開戦前に日本必負を予感したものの現実にそれを生かそうとせず敗戦によって辛酸をなめる所員も多かったという彼らについてこう書かれている。

 

東條英機と、ある意味では共通のメンタリティーをもっていたことになる。

わかっても”勢い”に押し流されていくしかない。

 

結局、彼らも空気にのまれてしまったと。どんだけ空気って怖いんだよ。空気なんかよめなくていい。読んでいてそんな結論に至った。

まぁ、普段からよまないけど。

 

 

ちなみに、著者は大日本帝国憲法下において内閣と分離していた統帥権を制度上の欠陥とし、戦争の原因としている一方で、政治が目的を達成するために事実が従属させられるとしており、それは政治そのものの欠陥ともとれなくはない。

 

昭和16年夏の敗戦 (中公文庫)

著者/訳者:猪瀬 直樹

出版社:中央公論新社( 2010-06 )

文庫 ( 283 ページ )


Arigato Concert:Our Appreciation to The World!

学生の有志も出演するコンサートだから、カジュアルな服装にジャケットだけ羽織って行ったら、黒塗りの車から出てくる正装の外国人夫婦が前を歩いてるし、入り口からガラス張りのホールの中をのぞくと、タキシードを着た集団がいて場違い過ぎたかと思った。

 

中央のいい席は正装の外国人だらけ。元首相の鳩山夫妻もいて不思議に思いながらコンサートのプログラムを見てようやくこのコンサートの趣旨を知った。中央に陣取るのは、地震の際に援助をしてくれた各国の大使や国際組織の主要人物。救援にあたった米軍関係者もいたとか。彼らを日本側がもてなすためのプログラムなのだろうけれど、傍から見たら金持ちが金持ちのためにありがとうと表明しているだけと冷ややかに思えてしまった。S席7,000円、A席5,000円とはクラシックにしては格安だし席種が少ないと思ったら、S席なんて1階の後ろの極わずかで、ほとんど招待客。チャリティーの名目上、一般客を2階に形式上入れているだけというのも穿った見方ではないだろう。協賛企業の大きさからしたら大した金にならないわけだし、現場の人を招いてありがとうを表明してあげればいいのに。

 

音楽を聴きにきたつもりなのに、司会の長ったらしい前置きや実行委員会の大手企業のトップの英語と日本語での挨拶とか必要なのだろうかと。短くていいし、コンサートのタイトル通りなら英語だけで充分。なんにしても、女性司会者のうやうやしさが気持ち悪かったのだが、そういううやうやしさが重宝される世界に自分が存在するのは到底無理だろうなと思ったり気の滅入るコンサートだった。

 

肝心の音楽は、最初のアリアが淀んだ沼地のように始まり、あまりに鈍重で気持ち悪くなったのだけれど、聞く人が聞いたらどういうように聞こえたのだろう。ラフマニノフのピアノ協奏曲のピアノは上手かったけど、司会がいちいち気分を害するせいなのかオケの音が全く響いてこない。被災地からやってきた小学生の合唱や中学生の演奏の方がよっぽど心に染みてくる。

 

とにかく司会が酷かった。中学生が書いてきたありがとうメッセージが書かれた布地に対して言葉が見つからなかったとはいえ「布きれ」はひどいし、言い出しっぺは別にしても官庁もコンサートを後援してるのに、各国の大使の前で「国は何もしてくれないから」とか、観客のためのリップサービスにしても浅はかすぎる。

 

最後に、会場全員で合唱した「上を向いて歩こう」。のりのりの司会者が舞台に並んだ小学生の口元にマイクを差し出し、音量の調整されてないマイクにのって一人の小学生の歌声がホールに響き渡る。みんなで歌うはずなのに。なんかもう、これでありがとうの思いは伝わるのか。まぁ彼らも仕事のつきあいで来ているだけなんだろうけど。

 

余計な演出などせず、演奏する音楽家のありがとうのひとことや、舞台に立った中学生や小学生の声をシンプルに伝えるだけでよかったように思えるのだが、企業が中心になってやったらこんなものか。

 

ありがとうを伝えるのはとても難しい。

鶏飯

お店の情報から、もつ鍋を食べるものとして行ったけど、もつ鍋屋ではなく九州の郷土料理を集めたお店だった。知ったとき、その中途半端さに少し心がひけたが、食べてみると美味しくてよかった。

 

カウンターに座ったときから、目に入ったお品書きの中の鶏飯。同じ時間を過ごす人も奄美に少しは関係ある人だし、これはと頼み時を探っていた。しかも、店員曰く「今日からのメニュー」だったし運命と言わざるをえない。

 

鶏飯といえば、初めて奄美に行ったときに一人で入った食事処で郷土料理というから頼んでみたところ、ご飯と具材とだし汁が分かれて出てきて、なんの説明もなく定員が去り、何をどうして食べていいものか途方にくれてしまった苦い思い出の一品。店員が近くにいなかったか、恥ずかしかったかで食べ方を聞くことも出来ず、ない頭をフル回転させ、目の前にある素材を組み合わせた無難な食べ方を絞り出してなんとか食べたものの、極度のプレッシャーからかどうやって食べたのか、美味しかったのかもよく覚えてない。ファミレスのようなそこそこ大きいところだったし、メニューに食べ方ぐらい書いといてくれればいいのに。最後に鶏飯を食べたときはだし汁を手にかけて火傷したり、言わば天敵のようなものかもしれない。

 

隣に座る相手にそんな気分を味あわせてみたいのもあって、食事の最後に頼んでみたところ、出てきたのは既にご飯の上に具がのせられ、だし汁もかかっていた。鶏飯風のお茶漬けといったところだろうか。

 

当初の期待や目論見が崩れてしまい、「こんなの鶏飯じゃねぇ」ってちゃぶ台をひっくり返すかのように、文句混じりでちょっと知ってるふうを装ってみたけれど、そもそも、鶏飯てシメに食べるものなのでもない気がするのだが。知らないけど。パパイアの漬け物もあったら嬉しかったな。

 

写真をガラゲーで撮ってみたらブレブレで、スマートフォンで撮ってもらった。で、テレビが録画できるだの、3Dで写真が撮れるから3D鶏飯だの散々スマホを自慢されたものに腹を立てて、液晶がひび割れた写真も撮れない旧式のiPod touchを出して、「このスマホもどきが目に入らぬか」とやったとかやらなかったとか。

 

 

 

そういえば、液晶が割れたiPod touchにぴったりの壁紙があったので変えてみた。

 

DSC04434

 

さらにクール!

 

この壁紙をダウンロードしたい珍しい方がいたらこちら

 

OGPに対応してみた

雨の日曜日の夜だったので、ふと思いたってfacebookとか外部サイトに読み込まれた際に出るサムネイルを指定してみた。

 

facebookが何の画像を指定して出しているのかわからなかったけれど、OGP(Open Graph Protocol)っていうのがあって対応するMetaタグを書くとうんたらかんたら。世の中の変化は激しい。

 

とりあえず、

 

  1. 記事に画像がある場合はそれを優先。
  2. 画像がない場合は、指定した複数の画像の中からランダムで。

 

というのを目標にやってみた。

 

1.記事に画像がある場合はそれを優先に関して、はこちらのサイトを参考に。

 

 

ほぼ、このままだけど、FacebookのIDは今はURLからすぐに分かるようになったみたい。確かに、昔はURLに名前があったような。

 

2.画像がない場合は、指定した複数の画像の中からランダムで、が難しい。紆余曲折あって、最後には酷い方法で解決した。ヘッダーにベタ書き。むしろ、なぜこれでいいのかと…。画像のない記事はプラグインがうまくいってならしく、エラーが出てるけど、とりあえず放置。

 

Facebookに画像がキャッシュされていたため、自分で試すもなかなか変更されず、その原因がわからず時間を無駄に潰すし結果も微妙だし、勉強になったのかならなかったのか…。

 

変更されたか確認するため、Facebookにどんな情報が送られるのかわかるこんなツールがあるのね。

 

 

ぼーっとしてるし、少し寒気がするし風邪ひいたかな…。

WPtouchを導入して、トップページにサムネイルを表示させてみた

iPod touchが復活したのでいじってみたところ、Wordpress PDA & iPhoneの動作がいまいちだったので、早朝に目が覚めたこともあってWPtouchに変更し、ついでにカスタマイズ。参考にしたのがこちら。

 

 

基本的には全てこのままだけれど、「記事の最初の画像をサムネイルとして表示」の箇所を以下、一部変更。

 

  1. そもそも写真がない記事が多いのでデフォルト画像に困った…。
  2. 表示される画像サイズを75pxから最大280pxに変更。

 

1.そもそも写真がない記事が多いのでデフォルト画像に困ったのに関しては、

function.php のデフォルト画像に縦横1ピクセルの画像を指定すれば、まぁ問題ないかな。

 

ちょっと苦労したのが 、2.表示される画像サイズを75pxから最大280pxに変更。

元々のWPtouchのフォーマットで最大になる縦横75pxの画像になるよう作られている。それを、iPhoneで最大サイズになる幅280pxに変更している方がいたので真似してみたものの、幅が280px以下の画像の場合も、280pxに拡大されて画像が荒くなってしまう…。念頭になかったamazonの画像がそれにあたり、しかも数が多い。どうしようか散々迷って下記のように変更してみた。

 

/wp-content/plugins/wptouch/theme/default/function.phpに挿入するタグの下記の部分を変更

 

<a href="<?php the_permalink(); ?>" >
<img class="aligncenter" src="<?php echo catch_that_image(); ?>"
 alt="" style="max-width: 280px;" />
</a>

 

・class=”aligncenter”にして画像を中央に。

・style=”max-width: 280px;” 画像の最大幅を280pxにするスタイルシートを記述。

 

これで小さい画像は幅を大きくせず調整できたものの、正規の方法なのか、androidでも問題ないのかよくわからないけれど、自分としては満足した。まぁ、本来はiPadの幅に合わせたりとかするのだろうけれど、満足した。日曜の朝だし。

 

タグを書くのも予定外だから、今後も書く気ならそれ用のプラグインもいれないとダメか…。