三段腹

あけちゃんがいなくなってから、2年が経とうとしている。
その2年の間に、何人かの美容師さんにお願いしていたけれど、ツボにはまる人になかなか出会えなくて、そのうち髪を切りにいくのも億劫になってしまった。

ちなみに、あけちゃんは、東北の温泉街の出身で、腕は悪くないんだけど、美容院なのに気が向くとバリカン使っちゃったりするし、しかも使うの初めてとか言い出すし、ぼけぼけしてる風に見えて後輩には厳しくて、お客にも時々厳しくて、「私ばっかりしゃべっていて口がつかれる」とか言う人で、その美容院では一番の古株だったんだけど、今は鋏をおいてネイルサロンに勤めてる。

とにかく、あけちゃんはいないわけだ。
で、昨日は伸びた髪を切りたくなって新しい美容院に行ってみた。夜まで受付してる、帰り道だし、クーポン使ったら2000円だし。

結果はひどいんだけど、技術的に上手か下手かの問題ではなくて終わってた。
店員は渋谷のノリみたいな感じなんだっけど、渋谷のノリであって渋谷の美容院のノリではないわけで、洗練されたとか、お洒落な感じは全く漂ってこず、美容院のつくりもちゃっちいし、ところどころ汚い。
そこら辺はまだ許せたとして、施術の全てが大雑把。片手作業が基本みたいな。出来も酷かったので、自分で修正した。何のための初回のクーポンなんだろう。二度目がなければ意味がないのに。

美容師ってどう探すんだろうね…。
あけちゃん…いつもどってくるの?

と、この文章も、昨日の不幸もこれで終わるはずだったんだけど、家に帰ってご飯を食べた後、入れ立てのお腹にお茶をこぼしたんだ。薄手のシャツと中にTシャツを着ていたけれど、意味をなさないくらいに熱くて、腹部一体が赤くなってしまった。

何が一番ひどいって、火傷が帯状に三ヶ所できてしまっていることなんだ。火傷のひどさがすごいんじゃなくてね。勘のいい人なら分かると思うけど、帯状になるということは、「出ている」部分と「出ていない」部分があったってことで、いわば皮膚が山折りと谷折りの状態になっていて、山折りの部分を火傷したことになる。その山折りの部分が三つということは…。そんな悲しい事実を回りくどいやりかたで教えてくれなくてもいいのに。

考えてみると火傷はそれだけではない。お昼間にハンバーグを食べたときに熱せられた鉄板に指をジュジュっとステーキにして、水ぶくれになってしまっていた。それとは別に、前日に包丁で切った傷がぱっくりと割れてしまって、体中が傷物で可哀想なことになっている。切り刻んで焼いたり、熱したしたところで脂肪だらけでおいしくないのに。

六星占術をほとんど何も知らないので、自分がどの星なのか地球人以外のナニジンなのか知らない。ただ、もし厄日みたいな一日単位の大殺界なのがあるとして、それが大殺界日だとしたら、昨日がその大殺界デーだったんだと思う。なんか、文の滑りも悪いし…。

みんないってしまう

「三月でハサミを置くことになりました。」
言い方が粋で、職人ぽい。
実際、職人に近い。20歳から今の美容室にいて、店では一番の古株になった。それなりの肩書きも持って、腕もいい。ちょっと抜けた可愛らしさを見せるのに、一歩、客の前から離れると、きびきびとして後輩に対する指導も熱い。

だから勿体無いと思った。なるほど、この店でハサミを置くのであって、地元に戻って美容師を続けるのだろうと解釈した。
が、あけちゃんは続ける。
「次は、ネイルをやります。」
「その前に一ヶ月ぐらい休みを取って、旅行にでも行こうかな。いつも旅行の話ばかり聞いていて羨ましいし。」

専門学校から数えれば、愚直なまでに美容師に捧げた10年を振り返りつつ、旅行に行く時間もなかったとちょこっと恨めしそうに言った。ただ、過去を振り返るために一つ一つ選び出した言葉からは、美容師という職業に対する自負と別の道へ進む迷いが薄っすらとみてとれた。

そんな突然の話にすっかり忘れてしまっていたが、
「今日は私の誕生日なんだ。」
と会った時に言われていた。
偶然、旅のお土産を持ってきていたのだけれど、誕生日ならばもっとお祝いにふさわしいものをあげればよかったと後悔。

帰り際、美容院の表で短く立ち話をした。薄着で寒いはずなのに、そんな表情すら一切みせず、
「ありがとう、また2月、3月もよろしくね。」
すがすがしい笑顔で送りだす。あけちゃんにとっては、失礼な話かもしれないが、腕よりもこういった人柄に惚れて、ずっとお願いしていた。

大寒の冷たい風が心にしみる。
ふと脈略なく山本文緒の著書の表題を思い出した。
「みんないってしまう」

今年、悲しい出来事が幾重にも続いてしまう途方もない不安が広がる。
みんな行ってしまったら、自分はどうするのだろう。
いかないで、なんて性格的に言えずに、黙って見送ってしまうのだろうか。いや、きっと性格的に、何気ない顔をしてネイルをしにあけちゃんの元へ行くのだろう。

数年前まで心地よかった孤独が、今はひどく寂しい。

年賀状の裏話


メールですら年始の挨拶をしていない人が多いので、この場を借りて年賀状を。

2008年の年賀状は、去年の初春に自分探しの旅の途中で出会った松島です。去年の秋頃に「山水画のような墨絵が欲しい」と藤壺の宮が言っていたので、挑戦しましたが無理でした。なので、松島の写真を墨絵っぽくしたつもりです。単なる白黒写真ではなく、黒の濃度の違う写真を10枚くらい重ねているのですが、そんな努力はあまり分からないというか、もらう側にとってはどうでもいい話ですね。

山水画を頼んだ当の本人は、そんなことを頼んだことは忘れていて、やるせない年末でした。人ってたいていそうですよね。頼んだ方はケロッと忘れているのに頼まれた方は必死こいてたり、プレゼントをした方は何をあげたか忘れていて、プレゼントをもらった方は印象深く覚えていたり。基本、人の思いは常に一方通行です。自分だけ?

そういえば、美容師のあけちゃんにあげたフクロウの人形には不苦労(くろうせず)って意味があったことを最近知りました。あげたことを全く覚えておらず、「みんなにあげてるんだもんね~。いちいち覚えてないよね~。」と軽く嫌味を言われて、それから強烈に記憶に残ってしまいました。えーぃ。余計な思い出は忘れろ、忘れろ。

さて、話を年賀状に戻すと、その松島に奄美大島の夕日を少し加工して朝日にしたつもりでしたが、実際の朝日を見ると全く違うものでした。朝日だけあって、夕日よりも爽やかで鮮烈な光でした。夕日をあげてしまった皆様すみません。でも、個人的には夜空の方が好きだし…。

去年の年賀状は、2007年度中に書けました。といっても31日だけど…。今年は元旦に着くように書きたいと思います。

それはそうと、濃淡の違う同じ写真を重ねると、いい味のモノが出来上がるのは発見でした。今年は、いくつかそういった写真を作ってみます。

青春真っ盛りの恥ずかしいお話を毎回綴っていますが、今年も宜しくお願いします。ただ、ついさっき、父の頭に袋をかぶせていたずらしていましたが、そういう子供っぽい悪戯はそろそろ止めようと思いました。

切り収め

最近、路線検索が出来るようになったと自慢するくらいインターネットのことは全く知らないけれど、仕事内容は少しだけ知っている美容師の明けちゃんが、急に話題を変えて聞いてきた。
「今年って、イルミネーションはどこがいいのかな?やっぱり六本木なのかな?分かる?」
控えな言葉遣いと明けちゃんの表情が、可愛らしい。
「今年は竹ノ塚がいいよ。」
「竹ノ塚って、あの竹ノ塚?イルミネーションやってるの?」
あまりに意外だったらしく、何度もそう確認された。

実際、竹ノ塚周辺で行われている「光の祭典2007」は、足立区や地元企業の力の入れようがすごくて、広告も精力的に行っているのだけれど、いかんせん竹ノ塚というマイナーでやや辺鄙な土地だけに、地元の人以外はあまり知られていない。

なので、食事やホテルやらイルミネーションを見た後のデートのプランを深く考えなければ、イルミネーションの超穴場です。クリスマスのデートにはぜひ。

予断ついでに、他にはお台場がイルミネーションを今年は特に力を入れているようです。ただ、大きなイベントの一つは18日に終わってしまいましたが。お台場も普通程度にお勧めです。

「なに?行くの?」
と少し意地悪く聞くと、明けちゃんは少し苦笑いをしながら
「ううん。行かないよ。家でうだうだすごしてる。いつもそうだよ~。」
「じゃ、一緒に行こうか。」
とは言わない。

「竹ノ塚に行ったの?」
来年、髪を切りに言ったらそう聞いてみよう。

今年もありがとうございました。
来年も(残り少なくなった髪を)宜しくお願いします。

身なり

「もうすぐ来ると思った。この前の金曜日に見かけたから。」
「え?」
「しのばず口の方に。距離があったから声はかけなかったけれど。11時過ぎだったっけ。けっこう帰るの遅いんだね。」
「あぁ。へー。」
美容師のあけちゃんとの会話。会話にすらなっていないか。

「平日は普通なんだね。髪とかもセットしてなかったし。」
と痛いところをついてくる。
確かに、職場が変わってから若い人もあまりいないし、編集部ってお洒落とは程遠い感じだし、無理に格好を気にしていっても浮くだけで、以前ほど自分の身なりに気を使わなくなった。
そんな言い訳をしていると、
「見てくれる人がいるって大事なんだね。」
とあけちゃん。
言わないだけで、見てはいるのだろうけれど。三十を超えた独身のお姉さま方の腹の底はなかなか見えてこない。

「実は、最近、薄くなってきたから、髪に負担がかからないようなるべく整髪剤をつけないんだ。」
と、もう一つの理由は言わない。
もう三年近く髪の毛を見てくれている人だし、とっくに気付いているのだろう。だが、髪の専門家だからこそ、あけちゃんに言われたら最終宣告のような気がして言い出せない。

「禿げてきたね。」
と、言いたくても言えないあけちゃんも辛いのかも知れないが。

あけちゃんと、翌週の金曜日にも会った。今度は電話中のあけちゃんに、こちらも気付いて軽く会釈をして擦れ違った。思わず、もう閉店したショップのガラスに映る自分の姿を確認した。

来週の金曜日は、もう少しお洒落をしていこう。

白眉

眉毛から、一本だけ白く長い毛が生えているのを美容師の明ちゃんが見つけて教えてくれた。
「福毛っていって、いいことなんだよ。抜いちゃダメだよ。」
まるで自分に幸せなことが起こったように、にこにこしながら。

目だつほどの長さじゃない時にはいいけれど、目だち始めるとその存在に困る。
あんな風な言われたのに、物覚えのいい明ちゃんに次に会った時に抜いていたら、本当に寂しそうな顔つきをしてしまいそうだし、黒い眉毛に絡ませようとしてもうまくいかずに、ぴよ~んと伸びたまま。
「福毛っていうんだよ。」
なんて、明ちゃんみたいに、にこにこして言うキャラでもないし。幸せを呼ぶどころか困り物でしかない。

実は、意外と迷信に縛り付けられている。
「夜に爪を切っちゃいけない。」
と教えられてからは、必ずその言葉を思い出しながら夜にお風呂から出たあと爪を切っているし、お墓の前を通ると子供のころに姉から言われた
「親指を隠さないと親が死んじゃうよ。」
そんな迷信を思い出す。

明ちゃんに言われたのは、今年の初めのこと。抜いちゃいけないのなら、切ればいいのだろうと思って切ってみた。しかも、目だたない程度に出来るだけ長く。

切ってしまったことで、幸せが逃げてしまったとは思いたくないけれど、急激に生活環境が変わったのは確か。その間、良いこともあったし悪いこともあった。普段と何も変わらない、と思い込みたい小心者な自分。

また福毛が自己主張しだしたこの頃。ハテ、どうしたものか…。

あけちゃん

坊主頭がやめられない。楽なのと、頭皮を撫でる風が気持ちいいから。

 

確か、何かのきっかけで坊主にしたのだけれど、そのきっかけも忘れてしまった。その程度のきっかけでしかなかったのだろうと思う。学生の頃と変わったと思うのは、坊主頭にしても触ってくる人がいなくなったこと。それだけ周囲が大人になったのだと感じてしまう。自分が坊主頭の人を見つけたら、きっと捏ね繰り回してしまうのに。みんな大人だなぁとついつ感じてしまうのが、少し切ない。

 

さて、いつも坊主頭にしてくれているのが美容師のあけちゃん。

「品のいい坊主にしてください。」

とのリクエストに、初めて満足いく結果を出してくれた美容師さんで、それ以来の付き合いになっている。もう今では、「品のよさ」は取ってしまって、「短く!」「ちょっと長く」といったリクエストしか出さないようになってしまったけれど。

あけちゃんは、

「私がずっと話しているから、喉が渇く。」

と、たまに際どいことを言うものの、なんだかんだで眉毛カットや指名料の割引やらのサービスをしてくれるのだけれど、そんなことされると恐縮してしまう。

だって、坊主頭は切るのが簡単と思われがちだけれど、実はものすごく面倒くさいらしい。もちろんあけちゃんはそんなことを言わないけれど、手で切ってくれているし、切る量は相当なもの。しかも、短いのに長さを揃えながら切っていかなくてはいけないから、その時の緊張感は相当なものだろうと勝手に思っている。

 

一度、バリカンでやってもらったことがあるけれど、結局は手でもう一度修正しなおすから、時間がほとんど変わらず、それ以来バリカンは止めてしまった。それくらいあけちゃんは精魂込めて坊主にくれているみたい。さらに言えば、作業の間、ほとんど話させてしまっているから、
「がんばってるな~。」
と、ひとごとの用に思ってしまう。

 

長い付き合になるなぁと感じていたけれど、まだ半年ぐらいしかたっていなかったらしい。それでも、あけちゃんは自分との付き合い方が多少分かったらしく、席に着くとまず煎茶を持ってきてくれて、適度にしゃべってくれて、眠い時はほったらかしにして寝させてくれる。アシスタントに任せればいいのに、頭をゴシゴシいい力加減で洗ってくれて、帰りは見えなくなるまで手を振ってくれる。たぶん、美容師として普通のことなのかもしれないけれど、居心地がいい人ってそれほどいないから、とても助かる。こちらが指名料を上乗せしたいくらい。

 

そうそう、坊主頭なのに、ワックスをつけてくれてキュッと頭を上に引っ張ってくれる瞬間が好き。キューピーさんになれる気分。

 

ありがとう、あけちゃん。

美容師


久しぶりに、美容師を指名した。
実に4年振り。
その間、自分で切ったり、ふらっと美容院に行って開いている人に切ってもらったり。
特定の担当者を決めなかったのは、特別いいと思える人に出会わなかったのと、
伸びるのが早すぎて維持に困っている髪に、
担当者を一人つけるほどの価値と思い入れを持てなかったから。




今回の担当者との出会いは、一ヶ月前。
ふらりと訪れた地元の美容院に「予約でいっぱいだから」と断られて、
しかたなく、少し遠くにある美容院に行った時に担当してもらった縁。
彼女に決めた「これ」という特定の理由は無いけれど、
「品のいい坊主」という無茶なリクエストに、
それなりの答えを出してくれた彼女の腕に少しだけ惚れたから。




実は、今日も、会社の近くにある美容院にしようか、
自分の通勤を考えると少し辺鄙な場所にある、
彼女がいる美容院にしようか迷ったくらい、まだ決めかねていた。
けれど、土曜の夕方という忙しい時間に予約も取らずに訪れたのに、
頼もしく出迎えてくれて、1ヶ月前のことを覚えていてくれたことが、
素直に嬉しく、来てよかったと思えた。




しかし、今後を考えると、やはり予約は苦手。
やんちゃな髪のために指定した時間に行かなければいけないと考えると、
それだけで気分がめいってしまう。