ルアンの恋、インドへの恋

最近、強い雨が窓を叩く明け方などに、はっきりと覚めない頭の中でプーシーの丘から見たルアンパバンの街並みを思い出します。

もう一年も前に旅をした場所の記憶に身を浸らせててしまっているのは、強い雨が、ルアンパバンで何度も出会った驟雨を思い起こさせるのでしょうか、それとも、この雨を降らせる湿った風がラオスの香りを運んできたのでしょうか。

鮮烈な青い空の下に広がる濃い森。その合間を縫って流れる褐色のメコン川とカーン川。街全体が世界遺産であるルアンパバンは、その中に間借りをしているかのように慎ましくあります。ラオスで最も繁栄した古都だというのに。

人々は街と同じように穏やかで慎ましく、出会う人たち皆に恋をしてしまいそうでした。

今回の夏休みに、もう一度恋をしにラオスに行こうか迷いましたが、こちらもかねてから念願だったインドに行き先を決めました。

出発の一週間前を切って、旅の形が見え始めてきました。インドの鉄道を何度もエラーを起こしながら、オンライン予約したり、明日は買い物に。普段にしてみたら、かなりは早めの準備です。

というのも、一人で行く予定だったのが会社の先輩が付いてくることになって、気の向くままというのが難しくなったためです。ある程度、計画された旅も悪くないかもしれません。計画をしているおかげで旅をする気分の高揚が、旅をする前から少しずつ表れて、インドへ入るのと同時に、日常と非日常の誤差、(気分的な時差とでもいうのでしょうか)に戸惑うことなく、旅に入れそうな気がします。

まだ肝心のビザを申請していませんが・・・

ラオス回遊

旅立つ前日に始まった写真教室での宿題のテーマが「好きなもの」を3枚。いきなり難しいテーマです。でも、旅行があったため、テーマについて考えるより、テーマを逆に当てはめてしまいました。

つまり、旅行の何が好きなのか。そして、その好きなものをどう写真で表現したらいいのかということです。

それまでテーマを持って写真を撮ったことなどなかったので、改めて意識して写真を撮るということはどういうことなのかということを考えさせられました。
好きという感覚を形にしなければならないほど、くたびれる作業があるのでしょうか。好きという感覚は能動的なようでいて、とても受動的な要素を持っていると思います。

ある状況、環境に自分を陥らせてしまえば、勝手にその感情が溢れるのですから。雨が降ったら、川の水が増えるというのと同じようなものです。川は動けませんが、人は雨が降る場所に行けばいいわけです。

ところが、なぜ好きなのかを考え出すと、なぜ雨の降る場所へ行きたいのか、なぜ水かさを増やしたいのか…と、堂々巡りです。そのうち、なぜ雨が降るのかといった疑問にすらなってしまいます。

結局、いまいちその答えは出ませんでした。てへっ。

確かに人との出会いも楽しみです。異文化や異なる環境に触れるのも面白いです。でも、飛行機のチケットを取る時に、お金の代わりに受け取れるだろうと期待するものは、そういったものでもない気がします。

旅行を計画する際、一つだけ確かなのは出来るだけ地方に行こうとする意志が働くことです。今回であれば、パークベンという船旅の中継地点でしょうか。ここに行くためだけに、飛行機を3回も乗り継いだわけですから。

そう考えると、都心から逃れたい、田舎を感じたいという意志が働く気がします。わたしには、実質の故郷がありません。ずっと同じ場所に住んでいるにもかかわらず。色々な変遷をたどったため、地元に知り合いがほとんどいません。それが、郷里と呼ばれる場所への憧憬を生み、少し変わった形で、旅行が(特に何もない場所へ行くことが)好きなのかもしれません。

そのパークベンですが、本当に良い場所でした。船旅用の宿ばかりで何もありません。電気は18時~22時までしか使えず、ロウソクが置いてあるようなところです。もう、それだけで何かが起きそうな気がしてしまいます。

着いたときには、日が暮れかかっていて、街灯もなく船が着いた場所がどこだか分からなくて困りましたが
メコン川の奥の気高い山の峯が闇に飲み込まれていく様は、見ていて飽きることがありませんでした。この景色を見に来たんだと思い込ませてくれるような光景でした。

話がだいぶそれてしまいましたが、あとは、ほんの少しだけ自分を追い詰めたかったり、帰る場所を確認しに行くためなのかなと思います。魚の回遊みたいですね。

ラオスと写真




ラオスに行く直前に、結婚式がありました。
頼まれてもないのに、カメラを持っていって写真をパシャパシャ何枚も撮っていたのですが、自宅に帰って撮った物を見てかなり凹みました。
使える写真がほとんどない!
暗くてぶれてしまっているのはしょうがないとは言え、写真から何も感じられません。デジタルカメラの何度も取り直せることいいことに、ファインダーを覗かずにただシャッターを押しているだけなので、構図もへったくりもありません。

別にカメラを始めてそんなに時間はたってないし、「好き」なだけで技術的に何か優れているわけでもありません。でも、とりあえず写真が趣味です、好きですと言ってしまっている自分が撮った写真の被写体から、何ら発信するエネルギーを感じ取れなものばかりだと、寂しくなります。

そんなこともあって、今回のラオスは枚数を稼ぐのではなく、必ずファインダーを覗いて、構図を考えてシャッターを押すことを心がけようと誓って旅行に出かけました。

旅行の間に枚数は、今まで旅行に行っていたものよりもかなり減りました。一方、感じる写真を撮っている確率があがったかと聞かれると、難しいところです。ただ、すごく勉強になったと思います。少なくとも、意志を持って写真を撮ったことが多かったのですから、今までのように「ただ写真が悪い。」ということではなく、「意志を反映できなかった。」「反映する技術が足りなかった。」などといった上手く取れない言い訳もマシになりました。

ラオスでは、人の写真も多いです。でも、ラオスの人は恥ずかしがりやさんなので、あまり撮らせてくれません。動物の写真、特に猫の写真も多いです。ラオスの猫は人懐っこくて可愛いです。メコン川の写真も多いです。船での移動に多くの移動の時間を費やしていたからです。

ラオス便

先日の日記から、飛行機に乗り遅れたという噂がたったらしく、予定通り帰っていることに驚かれて、逆にこちらが驚いたりします。

何を伝えたかったかといえば、『空港で寝ていたら凍えた。』ということです。大したニュースじゃなくてすみません。でも、その時は本当に途方に暮れてしまっていて、旅行であんな気分になったのは久しぶりでした。

ラオスのビエンチャンからタイに着いたのが23時くらい。そして、タイから出発するのが翌朝の8時の便だったので、バンコク市内に行こうか考えたのですが、短い時間や、出入国の手続きの手間、タクシー代、出国税を考えたら空港で9時間過ごした方が賢いかと思って、空港で一夜を明かすことにしたんです。

空港内のお店周りは1時間ほどで飽きてしまって、インドやアラブ系の人たちにまざって、ベンチで横になって寝たんです。でも、やたら寒くて浅くしか眠れずちょくちょく起きてしまいました。それでも、朝5時起きだったので眠気に吸い込まれていったのですが、午前3時くらいに目を覚ますと、体中が寒くてしょうがない。長袖のシャツを着ていたのですが、何の役にも立たないくらい寒いです。

ぶるぶる震えながら、レストラン街に行ったのですが閑散として多くの店が閉まっています。『ラーメン』という日本語ののぼりが見えたときには、神かと思いましたが、店員が寝てます。店員を揺り起こす元気もありません。店員は悪魔でした。

しかたなく、ハンバーガーショップに行きました。「ホットコーヒーがあるか?」と尋ねると、あるというのでハンバーガーと一緒に頼みました。サイズはLです。でも、出されたのは、コーラが並々とつがれたカップです。言葉もありません。

そのコーラの存在感といったら、XXLサイズくらいに思えました。人にたとえるならウェスト150cmくらい。あまりの存在感に店員にクレームを言う気にもなれません。当たり前のように居座っているのですから。席についてコーラと対峙したはいいものの、氷も嫌というほど入ったコーラに手を伸ばすこともできず、みつめるだけです。

結局、寒さが限界なので別のお店でホットティーを頼みました。かなり慎重にメニューを指差して。出された紅茶のカップを頬につけて、ぬくもりを感じました。口の中に含んで温かさを感じました。幸せでした。

こんな時、人のぬくもりなんか屁にもなりません。人間なんてどうせホットコーヒーを頼んでもコーラを入れるくらいなのですから。人が困っている時に寝ているくらいですから。

でも、この紅茶、日本円にしたら300円くらいです。高すぎです。日本と変わらないか高いくらいです。強烈な寒気で冷静さを失っていなければ、まず口にしなかったでしょう。

そんなことをしていても、まだ4時です。とりあえず、冷静さを失っていた頃に感じた凍死への恐怖は免れました。それでも暇です。
iPodは、旅行2日目にイヤホンを無くして使い物になりません。
本を読む気力はありません。
寝たらまた凍えます。
ネットカフェに行ったら、日本語が使えません。
でも、mixiを見ていたら、ハーフのスカンジナビア航空客室乗務員の方と仲良くなりました。でも連絡先を聞くの忘れました。
1時間で1200円くらいします。日本より高いです。
最後の一時間はマッサージにいきました。気持ちよさというより、単に眠くて寝ました。
1時間で2800円くらいです。日本と同じくらい高いです。
わずか9時間で、ラオスでの生活費を超えました。

確かに、一晩泊まる準備をしなかった自分が悪いと思います。羽織るものは長袖のシャツを一枚だけだし素足でサンダルだし。でも、行きには機内に持ち込めた荷物を、大きすぎるといって機内持ち込みを拒否されたことが全ての元凶です。あの荷物さえあれば、バスタオルをブランケット代わりにすることもできたでしょうし。

外気の温度と空港内の温度差で経済発展を主張したいのでしょうが、冷房をかけすぎるのは良くないと思います。南国に来たのだから、少し熱いくらいの方が雰囲気も出ると思います。

南国で、凍えると思いませんでした。しかも室内で。今度から、空港に泊まるときは寝袋を持っていきます。

はじめに

旅先、特にそれが海外の時、空港から自宅まで帰るあいだ中、妙に気持ちが落ち着きません。こそばゆい感じがします。日本にいることに、どこかしら違和感を覚えます。至る所で繰り広げられる日本語の会話が、妙に新鮮だったりします。

目をひとたび瞑れば、昨日までそこにあったラオスの太陽や、青い空、河の流れが浮かびます。その度に、そこはかとなく笑みがこみ上げてきてしまいます。

一方で、目の前に座る乗客との僅かな場所が、メコン河の対岸のように遥か遠くで起きているような気がしてしまいます。プッシーの高い丘から街を見下ろしていたように鳥瞰的な視野となって周囲の出来事を受容してしまいます。

旅に行ったときにだけ感じることのできる、地に足が着かないような感覚は、やがて新しい記憶によって埋もれてしまいます。
それまでに、言うなれば体中に染み付いたラオスの土が一粒のこらず洗われ体から零れ落ちる前に、いくつか紀行を書ければと思います。