悲しい写真

ポンパレでL版写真100枚プリントが送料込みで180円で売っていたので、180円ならと購入してやってみた。

 

Mac用のツールがなく、5~6枚ですら一度にアップロードするとエラーになってしまうので、4枚ずつ25回に分けてアップロードするはめになり、もう使おうとは思わなかったけれど。

 

ついでに文句を言うと、送られてくるメール便の問い合わせしても、ずっと集荷先の福岡で止まっていていつになったら東京へ向かうのかと思っていたら、今日届いた。昨晩も福岡にあったのに。なんか意味のない問い合わせシステム…。

 

安いし、写真もほぼ修正していないものをそのまま印刷したので、あまり期待はしていなかったけれど、送料込みで180円にしたら充分すぎた。

 

モニターで見るのと、実際に印刷された写真を前にするのはやはり違う。南米に行ったときの写真を主に印刷したのだが、ちゃんと被写体に目を向けられていなかったんだというのをすごく感じて、ショックを受けた。確かに、観光に行ったのだけれど、本当に観光写真でしかない。「お前は何が撮りたかったのか?」と問いたくなる。

 

別に、カメラマンになるつも写真を使って飯を食べていこうという気もないけれど、新しいカメラをわざわざ買って、重たい思いをしながら歩き回ったことを考えると、情けないし悔しい。誰でも撮れる写真ばかりを撮って何が楽しかったんだろう。本人が見ていても、一つの旅というものが全く伝わってこないことに驚いた。

 

関係ないけれど、ポンパレから500円割引券の有効期限があと10時間というメールが来ていることに気づいて、特に買いたい物がないためプリンタのインクを買った。が、amazonで割引券を使ってもなお安く売っていた。まぁこんなもんだ。グルーポン系のサービスって個人情報提供サービスという感じ。

 

<南のはてで出会った背中>

Catedral Metropolitana de Buenos Aires Perito Moreno Glacier

 

 

ISLA MAGDALENA Parque Nacional Tierra del Fuego

 

ブエノスアイレス7日目


昼前にブエノスアイレスのバスターミナルへ到着。
ウシュアイアで出す予定だった手紙をまだ持ち歩いていたので、今日こそはと気合いを入れて近くの国際郵便局へ。しかし見あたらない。近くの海軍のオフィスで聞いてみたら、思っていたのと逆方向だというので行ってみるが見あたらない。移民局の前を通って、大通りをずっと行って日本大使館の前を通って…。そのうち中央郵便局の方が近くなったので、中央郵便局へ行くことにした。が、建物は見つかったが工事中で中に入れず。どこかに入り口があるのかと思ってぐるっと一周回ったけれどない。あたりをうろうろしたあげく見つからないので聞いてみたら、今は修理中で別の所に臨時のオフィスがあるらしい。言われた方向に行ってみたが、それらしい場所が見あたらず、色んな人に聞いてみる。修理中なのを知らない人に教えてもらって元の位置に戻されたり、一人すごろくゲームの様相。歩き回って、ようやく臨時の郵便局につき手紙をだせた。景観を損ねるとはいえ、公共の建物はもう少し分かりやすい看板を出して欲しいような。




そこから宿へ。どうせ日本人宿は満室で泊まれないだろうから近くのドミトリーへ。イグアスで会った人が荷物を盗まれた人がいると言っていたいわくつきの宿だが、3段ベッドが狭いくらいで個人用のロッカーもあるし悪くなかった。荷物を整理したら美術館を改装した本屋へ。




以前から聞いていて、いつかブエノスアイレスに行く機会があれば訪問しようと思っていたのだが、すっかり忘れていた。エル・カラファテで会った台湾人がFacebookにこの本屋の写真を載せている見つけて本屋のことを思い出し、再度会ったときに場所を聞いていた。思ったよりこぢんまりしていたけれど、確かに豪華な本屋だった。舞台を上手くカフェにしていたりしているのだけれど、新しい形態の本屋をどこかで期待していただけに少し残念。どの本屋にするかの選択肢として、一番目の候補にあがってくるかもしれないけど、本屋に行こうという行動意欲にまでさせているかは少し疑問ではあった。




行きは地下鉄で来たけれど、歩いていけない範囲でもなさそうなのでドミトリーへ歩いて帰る。高級店が並ぶ銀座っぽい街並みだということを聞いていたけれど、確かに少しおしゃれな気もするけれど、あんまり変わらないような気もする。そもそも、築年数はたいてい同じだし表通りは同じような街並み。途中でスムージーを買って飲みながら帰った。2日ぶりのシャワーを早めに浴びて、日本のニュースを見て就寝。もうすぐ帰ることもあるし一番気になる。

プエルト・イグアス3日目~ブエノスアイレスへ


チェックアウトした後、バスの時間まで特にやることもないのでロビーでニュースを見ていた。未だにこっちでも日本のニュースをやっている。昼前に郵便局に行ってみたものの、日曜日なので閉まってた。ウシュアイアから持ち続けてる手紙をここでも出せず。バスの中で食べるものを調達した後、ホテルに置いてあった荷物をピックアップして、3日連続でバスターミナルのレストランへ。シンプルハンバーガーを頼んだら、本当にシンプルでパテ以外なにも挟まっていなかった。残念すぎる。




高速バスの高い座席のコモは快適だった。隣はいないし食事はちゃんとしたものだし、毛布はあるし。ただ,開いているか開いていないかの表示が壊れているトイレに近い座席でトイレ番みたくなったのが残念だったけど。




きれいな夕日を見ながらお別れ。

プエルト・イグアス2日目


日本人だからなのか、滝という言葉からは、囂々たる一筋を想像してしまう。であれば、イグアスの滝は一つの独立した滝ではなく、いくつもある滝の総称といった方が近い。昨日一緒に行った日本人は長くても1時間ほどで見られると思っていたらしいし、「数時間かかるらしいよ」と半ば呆れながら彼に言った自分も全容を想像して言っていたわけではない。もしこれが、滝という言葉から例えばナイアガラのような大瀑布をイメージすることができれば、その規模を想像することはたやすかったかもしれない。ただ、そのナイアガラでさえイグアスの滝を目の当たりにしたある米大統領夫人に「私のかわいそうなナイアガラ」と言ったらしいのだが。




余計な話を続けると、滝という字から想像しても、昔の日本人は一筋の流れ落ちる滝から長く力強い竜をみたのだろう。水が固まりになって落ちてくる滝など想像しなかったに違いない。一方イグアスは、先住民の言葉で「大いなる水」という意味らしい。こちらも的確で悪魔ののど笛などは、まさに「水」としか言いようがない。滝に向かう水、滝壺に落ちていく水、飛沫となって舞い上がる水。




じっくりと水を味わう心の準備をしてホテルを出発。国立公園に向かうバスに乗り込んだもの、おばあさんのことが気になって、バスを降りることに。午後のバスでブエノスアイレスに向かうと行っていたし、まだドミトリーにいるだろうし。運転手に降りるからチケットを引き替えてくれと頼んだけどダメだった。普段ゆるいくせに、こういうところはなぜか不親切。ドミトリーに行ったら案の定まだいて、UstreamでNHKが見られるよと教えて併設されていたPCで開いたらくいいるように見ていた。そりゃそうだけど。彼女と一緒にブエノスアイレスに帰ると少し話していた日本人に、ある意味バトンタッチして帰った。かなりしっかりしているし頼りになりそうだし。昨日は夕食を作ってもらったし、彼にもお世話になりました。




2人と別れて再びイグアスの滝へ。天気は快晴。今日は日焼け止めも塗ったし、昼食のパンも買ったし準備万端。旅の序盤より成長した気がする。再び国立公園の高い入場料を払って鉄道に乗る。昨日は通過した一つ目の駅で下車。まずは滝上からイグアスの滝を見る。全てを見るのに数時間というだけあって、かなり歩く。途中から2人歩けるくらいの金属製の遊歩道になり川の上を歩き滝に到達。到達といっても、その辺り一面が滝なわけで先はまだまだあるのだが。上からとはいえ、足下やすぐ脇から滝壺へ落ちる水が流れていて迫力があるし、切り開かれているので、遠くの滝まで見られる。ぐるっと1時間ほどかけて滝の上を見たら、今度は滝の下へ。




滝の下は、滝壺の近くまで遊歩道や展望台が設置されているので近くにいるとびしょ濡れ。晴れているから気持ちいい。大げさに言えば滝をどれだけうまく撮れるかも旅の目的の一つだったりしたので、タオルでカメラを巻きながら撮ったりしてたけれど、邪魔になるからという理由で防水カメラを持ってこなかったのが悔やまれる。色々と失敗したけれど、防水カメラかウィンドブレーカーを持ってこなかったのがこの度の最大の失敗。ただ、こういうたぐいの失敗にはさっさと忘れてしまうので、次につながらない。写真は、飛沫がすごくて白くなってしまったりとあまりいいのは撮れなかった。フィルターでもつければよかったのかな。




滝の中へ入るボートへ。分厚い防水用のバッグを渡されその中に荷物を詰め込んで出発。安い方にしたので距離は短く、途中滝へ近寄るだけで戻ってきていたので、こんなものかと思っていたら準備はいいかと聞かれ、滝の中へ突入。水が上から横から来て、ワケのわからない状況で面白い。笑いが止まらなくなってしまった。パンツまでびしょ濡れ。財布を防水バッグの中に入れるのをすっかり忘れていて中身が大変なことに。でも、そんなのどうでもいいくらいに面白い。日本でもやればいいのに。そんな滝がないか…。




岸に着いたら、タオルでぬぐってTシャツを絞ったやつを着て乾かしながら戻った。天気が良いのですぐ乾く。少し大きめの広場で昼食。狸だかアライグマだかに似た動物があたりをウロウロ。あんまり可愛くもないけど。腹ごしらえしたら、悪魔ののど笛へ。昨日はあまり天気もよくなかったし、準備もしていなかったので時間が短かったので思う存分見たかった。壮大な風景に見とれては、シャツを絞って乾かして、写真を撮ってを繰り返して1時間半くらい見ていたが、いい加減に体が冷えて風邪をひきそうだったので帰ることにした。水に流されて日焼け止めが落ちて、結局灼けてしまった。




街に戻ると、昨日会った人にまた会って夕食を一緒に食べた。彼女とはまたどこかで会いそうな気がする。
ブラジル側にはビザが取得できそうにないので行くのを諦め、1日早めて帰ることにした。バスは1席だけあいていて、ホテルはキャンセル料はいらないと。日本人だし、帰国するんだとちょっと勘違いされた気がしないでもない。

プエルト・イグアス1日目


気持ちよく枝を伸ばした木、日に焼けて赤茶けた土。つい先日までいた光景とまるで違う世界にパタゴニアにいたのが遠い過去のように思えてくる。パタゴニアともブエノスアイレスとも違うアルゼンチン。「ブラジルが近いと思わせる」というのが的確に思える自然豊かで開放的な場所。




2時間ほど遅れてプエルト・イグアスのバス停に到着。いくら飛行機なんかよりクライニングできるとはいえ、12時間のバス移動は疲れた。ホテルを予約済みなので、ここでおばあさんとはお別れ。彼女は、以前知り合ったという韓国系アメリカ人についていった。「彼は安い宿を見つけるのがうまいんだよ」と言って。10時には着いてしまったので、まだチェックインできず荷物だけ置かせてもらいブラジル領事館へビザの申請に。書類を書いて簡単にできると思ったら、調べたときと変わっていたらしく、インターネットで手続きしたものを印刷しなければならないとか。しかたなく、ネットカフェを探したが、印刷できるネットカフェが見あたらず街をうろうろ。ようやく見つけたところでやろうと思ったが、いまいちわからず申請期限の正午も過ぎてしまい断念した。ホテルで調べてもう一度トライすればいいと考えていたが、今日は金曜日。土日は領事館がお休み。ブラジル側へは行けないことが確定した。




ついでに、メールをチェックしたとき「かなり大きい地震があったよ。」と友人からメールが来ていたが、それほど気にとめずホテルへ向かい、チェックインが出来るまでロビーで過ごすことにしたのだが、ロビーに着いて、テレビから流れる映像に驚いた。津波で街が飲み込まれていく映像にJAPONの文字。何を言っているのかわからないが、NHKの映像をそのまま流しているので、状況はなんとなく理解できる。パソコンを取り出し、Wifiのパスワードを聞いて、ネットで状況を確認した。電話をできる状態をつくろうと、スカイプをインストールしてログインすると、チャットが立ち上がって別の友人が日本の状況を教えてくれた。とりあえず家に電話しようと、スカイプのチケットを買い国際電話。実家にかけたが、声は聞こえるもののこちらの声が聞こえていない様子。しかたないので、友人を通じて連絡をしてもらい、パソコンからもメールが送れるように迷惑メールを解除してもらった。声は実際には途切れ途切れに聞こえていたらしいが。もう一つ心配な出来事は、バスターミナルで分かれたおばあさんのこと。原発が危ないうえに、実家の家族のことも心配なので状況を伝えたいのだが、居場所が分からない。せめて宿の名前を聞いておくべきだった。バスターミナルで分かれた方向に行ってみたのだが分からなかった。




少しは日本の状況は確認できたし安否確認もほぼできた。ただ、日本の真裏にいて、何も出来ないのは分かっていても落ち着かない。プエルト・イグアスの街をうろうろしていたのだが、思い立ってイグアスの滝へ行くことにした。その時まで、まるで行くつもりがなかったので、タオルやレインコートは持たず、持ち物はカメラとガイドブックだけ。パスポートもホテルに置きっぱなしだった気がする。




国立公園へ向かうバス停で日本人の学生に会ったので一緒に行くことに。なんでも、今日プエルト・イグアスについて、夜の便でブエノス・アイレスに向かうらしく時間がないのでパパッと見て変えるとか。イグアスで3泊するといったら、色んな人に驚かれたが、日帰りもないと個人的には思うのだが。ずっとバス移動だったらしく、地震の話をしたら驚いていた。ついでに、なぜチリに津波が来るかも説明させられた。「詳しいですね。そういうお仕事してるんですか?」って、いやいや…。彼は、国立公園の入場口で国際学生証による学割がきかないとぶつくさ言っていた。確かに入場料が高いけど。そういう態度や体格の良いところ、軽いのりが学生時代のとある友人に似ていて面白かった。




幸い、バスに乗っていると大雨になったが国立公園に着く頃には止んでくれた。国立公園に入ってすぐ、彼がトイレに行っているあいだ、ATMがあったのでお金をおろしたのだが、プエルト・ナタレスでの経験を生かして$50を選択し、50USドル分がでてくると思ったら本当に50ペソだった。手数料の無駄使い。あまり時間がないので、悪魔ののど笛に直行することに。どうせ、また明日来るので彼に今日は合わせて様子見だけしようと。国立公園内の汽車に乗って移動。1つめの駅でエル・カラファテで再会した前の取引先の人と再々会。イグアスの滝に行くとは聞いていたが、びっくりした。彼女は、エル・カラファテのあと、ブエノスアイレスからブラジルへと行きサルバドーレでカーニバルを見に行く予定だったが、チケットが取れずにリオやサンパウロのカーニバルを見てからイグアスの滝に来たらしい。リオで出会った日本人の女の子とブラジル側のホテルにいるらしい。ブラジル側の方がリゾートっぽく、それほど高くないホテルなのにビュッフェ形式の朝食と夕食がつき、かなり満喫しているとか。自分もブラジル側にすればよかったかなと、少し後悔。




悪魔ののど笛は、最寄りの駅から10分くらい歩いたところにあり、そこまでは湖ともいえそうな大きな川にかかる橋を渡っていく。この川の水が全てイグアスの滝として落ちていくのだから相当なものだろう。、悪魔ののど笛に近づくと、濛々とあがる水しぶきが霧状になって空中を彷徨っていた。はやる気持ちを抑えつつ、展望台につくと怒濤のごとく水が流れ、水煙で滝の底は全く見えない。以前、「ダムを見るとエクスタシーを感じる」と言っていた友人がいたが、こんな感覚なのだろう。そこにある空間や時間など、全てを飲み込みながら滝壺へと水が落ちているようで、射精時に味わう神経を貫いていく快感を、滝が貫いていってもなんら不思議ではなかった。風に運ばれた水しぶきで体中を濡らされるのが、感覚を過敏にさせるのかもしれない。カメラを鞄にしまい厳重に封をしながら見とれていた。




彼のバスの時間が近いこともあって女性2人とは別れ先に帰ることにしたのだが、汽車が行ってしまったばかりらしく、結局、同じ汽車になった。一羽の蝶が足に乗りやがて手のひらに乗り、その場のノリもあって、みんなにやたら写真を撮られることになった。一人旅もいいけれど、こういう無駄な時間も楽しい。国立公園の出口でバスを待っていると、手をふる人が向かってきた。誰かの知り合いかと思ったら、プエルト・ナタレスで同じツアーだった日本人だった。旅行の初期だったプエルト・ナタレスではすこししゃれっ気があったのに、太陽に灼け別人になって気づかなかった。忘れられていたと拗ねていたが。エル・カラファテでは、同じツアーだった女の子と同じホテルに泊まって、色々あって揉めたんだと。若いって良いね。




バスターミナルで、ブラジル側やら宿にそれぞれ別れたが、ブエノスアイレスへ夜行バスで行く彼と二人でバスターミナルのレストランでご飯を食べることに。レストラン内のテレビでも地震や津波の映像が流れていた。初めて見る彼も衝撃的だったらしい。




彼と別れてホテルに着き、メールをチェックするとおばあちゃんの代理の人からローマ字でメールが来ていた。家族と連絡が取れなく、もし昨日送ったメールに返信が来ていたら教えてくれないか、と。昨日、彼女の娘さん宛に送ったメールには返信が来ていなかったが、彼女がいる宿が書かれてあったので、そこに向かうことにした。彼女が泊まっているという宿についてフロントで聞くまでもなく、ロビーに彼女がいたのですぐに見つかった。親類だれとも連絡が取れてないとのことなので、マイクがないのが不安なものの持ってきたパソコンでスカイプを使って連絡をすることにした。が、ビージー状態でどこともつながらない。送られるかわからないショートメールもしたが返答なし。最後にかけた東京の兄宅とようやくつながったものの、なかなかこちらの声が伝わらず苦労した。




気持ちは分かるけれど、「福島に探しに行ってきて。」とパソコンに向かって半分叫んでいるのには、避難指示がでてるのに探しに行かされるお兄さんも可哀想に思った。音声が途切れ途切れなので、公衆電話から国際電話をかけることに。戻ってきたら案の定「『探してこいなんてバカいってんじゃないよ、避難指示が出てるし行ける状況じゃないよ』言われた」と。あまり情報がなかった彼女にも罪はない。この時点でUstreamのNHK放送に気づけば良かったが、気づいたのはホテルに戻ってからだった。彼女のお兄さんが情報収集をしてくれることになり、ひとまず終了した。




ローマ字のメールを送ってくれた日本人の人が作ってくれた野菜炒めで二度目の夕飯。ご飯を食べながら、ワインをあけ飲みはじめた。「もう慌てもしょうがないし、こんな時だからこそお酒でも飲もう」と。そのうち同じ宿に泊まっている日本人が徐々に集まってきて、ワインを片手に彼女の話に耳を傾ける。




「今までも色々とつらいことがあった。娘を乳がんで死んだし、初孫も交通事故で亡くした。だから、今回またどんなことがあっても乗り越えなくちゃいけないんだよ。」と、自分に言い聞かせるように話していた。昨日、バスの中でお孫さんいくつなんですか?と聞いたら、少し言いよどんだのはだからなのか、とこのとき気づいた。彼女の持つ雰囲気が不思議でたまらなかった。71歳になって一年の半分くらいを一人旅しながら過ごしている。「今度の誕生日はどこで過ごそうかな。」とか「去年はブッダ・ガヤのお寺で年を越したけど、今年はどこに行こうか。」と奔放に、「言葉なんて話せなくてもニッと笑えばいいんだよ。」と快活に生きているはずなのに、それが彼女の全てだとすんなり受け入れられない何かがあった。もしかすると、過去に起こった出来事の末にたどり着いた奔放さや快活さだったのかもしれない。「原発の事故は政府が状況を隠すから」と現実的な面は、その表れのようにも思えた。




「100歳になったときに市からもらえる100万で世界一周旅行しようと思ってたけど、こんな状況じゃもう無理だね。もう100歳まで生きるのやめたわ。」と笑いながら言っていた。誰も何も言わず、彼女だけが明るく話を続けていた。

ブエノスアイレス6日目~プエルト・イグアスへ


朝起きてホテルで朝食。朝食は、コーヒーとクロワッサン。こちらの普通の朝食なのだが、パンは食事じゃないという昨日から連れそうことになった30歳以上上の彼女は、こんなパサパサなの喉が通らないとぶつくさ文句を言いながらコーヒーでクロワッサンを飲み込んでいた。先に部屋に戻った彼女を尻目に、ゆっくりと食事をし、部屋に戻る前にロビーのトイレを使ったのだが、カギがかからない。しかたないのでドアノブを押さえながら用をたしたのだが、フロントに言ってカギを借りないといけなかったらしい。




前日の夜に、13時半に出発バスがイグアス行きで最も早いのをネットで確認したのでそれに乗ることにし、ホテルに荷物を預けて切符を買いに2人でバスターミナルへ。駅の近くなのだが駅が大きいので、ここかなと駅舎を出たり入ったりしながらバスターミナルを探しながらたどり着いた。ブエノスアイレスのバスターミナルは大きいと聞いていたが、飛行場のターミナル並に大きい。A,B,C,Dと大きく4つのゲートに分かれていて、さらに細かく番号が振られているのを知れば、大きさの想像がつくだろう。大きすぎてどこへ行くべきなのかもわからないため、案内所でプエルト・イグアス行きを扱うバス会社を教えてもらい、13時半発のバスを扱うブースの番号を聞いた。いくら番号が飛んでいたりするとはいえ、112番のブースにたどり着くのには骨が折れた。さらにその先にもブースは続いている。幸い、今日の便は空いていたのでチケットを購入。プエルト・イグアスからパラグアイの日本人町へと行く彼女は片道、ブエノスアイレスに戻る自分は往復。席を良い席にしようか迷ったが、行きは普通の席にした。南米に行ったことのある人からバスは良い席にした方が良いと言われていたものの、この先半年くらい続く彼女の懐事情に気兼ねしたというのも正直ある。帰りは良い席にすることにした。もっとも、バス会社はいくつもあるし帰りの便をここで買う必要はなかったのだが。




バスの出発まで数時間あるので、中心部に戻って買い物に付き合うことに。昨日の夜からお店は閉まっているのに、娘婿に革ベルトをお土産に買いたいとずっと言っていて、革のベルトがショーウィンドウにあるたびに立ち止まってちょっと困っていた。まずは両替を済ませて借りていたホテル代を返し、正午前で人がまばらなフロリダ通りでショッピング。いくつかのお店へ見ては、革の質がよくないとか文句をいいながら、小さなお店が並ぶモールのような所へ。気に入ったものがあったらしいのだが、「こういうの格好いいでしょ?」と聞かれても趣味が違うので良く分からない。そのお店では「見つけてすぐ買う悪い癖があるから、一周してきてからここで買う。」とかいいながら、次に入ったすぐ隣お店でベルトを購入。女はいつ生まれても女らしい。その他にも目を離した隙にインカの石を買っていたりショッピング三昧。この先、彼女の旅は続くのにお土産で荷物がいっぱいにならないのかと不安になる。ただでさえ荷物が多いのに。そういう自分も、お土産用の品を買ってしまった。また戻ってきたときにもう一度訪ねようと営業時間を聞いて店を出たものの、また戻って買ってしまった。人のことは言えない。




お互いショッピングを満足したところで、昼食を買いに中華系のスパーへ行きお総菜を自分で詰めるお弁当を購入。種類は色々あるのに全てを合計しての量り売り。なんかむちゃくちゃ。チャーハンや焼きそば、フライドポテト、別のケースにフルーツ。さらに水やジュースなどのバスの中での食料を調達して、荷物を取りにホテルに戻った。ここで少し荷物の整理をし、彼女の娘さんにブエノスアイレスからプエルト・イグアスへ向かうメール。自分ではメールはできないので、いつもそうしてもらうらしい。そうすればメールアドレスも残るし一石二鳥だとか。ここでメールしたことが、後々の出来事とつながってくるのだが、もちろんそんなことはこの時点でわからない。彼女はトイレに水を汲みに行った。現地の人が飲める水道水は飲んでも大丈夫だと。昔の人はこういうところで強い。




ホテルからバスターミナルへ向かう地域はケチャップ強盗が頻発しているところらしいのを後で知るのだが、何も起こらず良かった。大きな荷物を持ったおばあさんとの2人組は格好のターゲットだったろうに。にしても、一つリュックを持ってあげているとはいえ歩くのが早い。一息つこうと思うと、どんどん先に進んでいくのでちょっとした隙もない。バスターミナルに着く頃にはこっちがヘトヘトになった。




バスターミナルのロビーで待っていたのだが、いっこうにゲートが表示されず出発まで15分というところでしびれを切らして、2階にあるバス会社のブースへ行ってみたが、まだ待っていてと。待合所に戻ったらちょうどバスが来て案内も表示された。バスの1階はコモ(優等席)で3列シート。2階はセミコモ(普通席)で4列シートだが、長時間ということもあってシートは日本の観光バスより深く倒せる。そこそ快適。1階には、プンタ・アレーナスからウシュアイアまで同じバスだった韓国人のグループがいた。大人数過ぎて話す気にはならなかったけど。メインどころをまわるとすれば、旅程も似通ってくる。




出発するとすぐに弁当を食べてしまったが、夕食用にもう一つ買ってくればよかったとお互い話していた。自分は、フルーツなんか買わずにと言い、彼女はサラダなんか買わずにと。乗った当初、2階はガラガラだったが、道すがらのターミナルやバス停で人を乗せ、ほぼ満席状態になった。なかなか夕食が出ないねなどと話しながら、途中のターミナルで降りたと思ったらアイスクリームを買ってきてくれておごってもらった。21時をまわって大きなターミナルへ着いた後、バスに乗り込んできた売り子からサンドイッチを購入。その直後にやはりサンドイッチがメインの夕食を配られたが食べる気がせずそのままに。隣では、「パンなんて…」とまた文句を言いながら、無理矢理飲み込んでいた。




することもないので、色々と話す。どちらかというと聞く立場だが。福島で原発で働く人のための下宿をやっているから、閑なときにおいでとか、原発の街で潤っているから、100歳になると市からお祝いに100万円くれるから、その100万で世界一周するんだとか話していた。まさか、その数時間後に日本で大地震が起きて原発が制御不能になり、彼女の住む街が避難区域になるとは、もちろん想像すらしてない。




案の定、バスでもいびきがうるさかった。斜め後ろに座っていた外国人の男性はもっとうるさかったけど。

ウシュアイア4日目~ブエノスアイレス5日目


寝ようと思ったところ、エル・カラファテで出会った台湾人が部屋に来たのでちょっと話すことに。ホステルの3階のラウンジに行ったら、夜景がすごい綺麗。ウシュアイアの予定や行ったところをお互い話した後、晩ご飯を食べてないって言ったら、台湾から持ってきたカップラーメンをくれた。米粉で作られたカップラーメン。美味しかった。昨日は、いろんな人に助けられて感謝しきり。




カナダ人のカップルがチェックアウトして、今日のルームメートはアメリカ人のファミリー3人組。みんな23時くらいには寝たのに9時ぐらいまで寝てた。両親と一人娘。いい感じの家族でちょっとうらやましい。そんな家族の会話を傍目にチェックアウトの準備。チェックアウト後にランドリーを使っていいかと聞いたら、OKというので洗濯することに。これが思いの外時間がかかる。その間、イグアスのホテルを調べたが、便利なところ安いところはすべて満室。空いている安いところは、市内からかなり離れたところか、アルゼンチンで最低のホテルだったという口コミのところ。最低のホテルも気にはなるけれど…。現地に行ってから確保しようか迷ったが、全国的に休暇の期間らしいしウシュアイアと同じように現地で探す人も多いだろうから、予算のオーバーのホテルにした。もう最後だし、日本に帰ってその分働けばいいや。




ついでに、今日のブエノスアイレスまでの便をウェブチェックイン。プリントできないけど…。既に座席はかなり埋まっていて、空港に着いてからチェックインしたら危なかったかも。これまで会った人の中にも、オーバーブッキングで乗れない人がいたし。色々と予定を立て終わったが、まだ洗濯が終わらない。ホステルの隣の1時間と張り紙の書かれたランドリーでやればよかったかも…。




あまり終わらないので、ホステルを離れてATMや郵便局にいったのだが、給料日?っていうくらいどちらも混んでいて断念。ホテルに戻ったら13時。飛行機は14時20分。移動時間を考えるとかなりギリギリ。慌てて洗濯物を詰め込んでホテルを出たが、サングラスをベッドにかけたままなのを思い出した。時間と登らなくてはいけない坂道をサングラスの値段と照らし合わせて考えたが、ここでの妥協や諦めはよくないと思ってホテルに戻った。その後、タクシー乗り場へ行ったがタクシーがない…。10分くらい待ってようやくつかまった。街を出ると空港までの道路はほとんど車がいないので、100kmぐらいで飛ばしてた。時間がないものとしては嬉しいし、景色のいいなかをすっとばすのは気持ちいい。そうして到着したのは出発の30分前。慌てて荷物を預けにいって搭乗券を発券してもらったら、「15時過ぎには搭乗口にいてね。」と言われた気がした。そんなことお構いなしに、搭乗口までダッシュ。間に合ったと思って、電光掲示板で再度搭乗口を確認したら、出発時刻が15時55分になっていた。謎すぎる。しかも、行き先がEZE国際空港じゃない?係員に聞いてみると、それであってるから待ちたまえと。当たり前のように遅れる飛行機。ブエノスアイレスの空港で欠航が相次ぎ、乗客の不満が爆発しかけ、たまたまいたシンディ・ローパーが拡声器で即興ライブをしたのが2日前の出来事。残念ながら、この片田舎の空港にシンディ・ローパーはいなかったし、乗客も諦めておとなしく座っている。欠航するわけじゃないしね。




この2時間で街にいれば色々とできたなと思うがしかたない。昼食も食べてないし、ゲート前の軽食屋でサンドイッチでもと思い値段を聞いたらバカ高い。パンにハムを挟んだだけの簡単なもので1000円くらい。時間があるんだから、混んでいても良いのに、そりゃみんなおとなしく座っているわけだ。しかたないので、鞄にあるお菓子類をむしゃむしゃ食べながら、本を読んで待っていた。「しかたがない」という言葉を毎日、何度も使っている気がする。




空港に来たときは晴れていたのに外は大雨。そこそこ天候に恵まれてよかったと思う反面、いまペンギンツアーをしている台湾の子は可哀想。そのうち、飛行機が飛ぶのか怪しいくらいの激しい雨になったが、一時的なものですんだ。さんざん待たされ16時過ぎに搭乗が始まり、いよいよパタゴニアとお別れ。滑走路に向かう飛行機の中切ない思いがよぎる。雨はほとんどやんでいたが、飛び立つとぐらぐら揺れる。下手くそな運転だなとか思っていたけれど、よく考えれば外はものすごい強風なはず。窓から外を見ると翼が折れるんじゃないかというくらいうねり、機体も揺れる、そして落ちる。ジェットコースターに乗っている気分。体がふっと浮くたびに肝を冷やした。




20時過ぎにブエノスアイレスへ着いたが、国際空港に着いたのか国内線用の空港に着いたのかよくわからない。海が見えないから、国際空港なんだろうとは思いつつ、国内線は入国したときとターミナルがもちろん違うためやはり分からない。そんな中、元看護士とおばあちゃんのバックパッカーに出会い、市内まで一緒に行くことに。おばあちゃんは普通の旅行かと思ったら、バックパックに小さなリュック、合計20kgをしょって6ヶ月間の旅をしている最中だとか。元気すぎる。2人に散々荷物が少ないだの言われた。女性に比べればそうなんでしょうけど、それでも不必要なものをかなり持ってますけど…。




リムジンバスを使う予定だったが、タクシーが1人50ペソでいいというのでタクシーで日本人宿に行くことに。結局ついて200ペソ渡したら、なんだかんだで40ペソしかお釣りくれなかったけど。最初は20ペソしかくれず、文句を言ったら少しずつ増えていって、そこで萎えた…。こういうのがいけないんだろうけどさ。ところが、宿は予約していた元看護士の人のぶんしか空いておらず、おばあちゃんと2人で別の宿を探すことに。2人とも、明日イグアスへ向かうしということで、バスターミナルに近い宿を探すことに。安宿がなかなかないので、ホテルにすることにしたのだが、おばあちゃんが「同じ部屋で良いでしょ?」と。別にこっちはいいけれど…。ということで、ツインの部屋に一緒に泊まることになった。元気さと強引さを合わせ持ち、完全に主導権を握られた。部屋は値段の割にはよくなかった。




晩ご飯を買いに行こうと誘われ、先ほどの日本人宿の隣にあった中華系のスーパーへ。春巻きやらサラダやら総菜が置いてあって、ケースに入れて買えるのだが、夜遅いこともあってほとんどなかく断念。自分は晩ご飯が抜きでもよかったんだけれど、なんか食べたいということで、パンにベーコンを買って挟むことに。パンは嫌だと文句をいいながら食べていた。ほとんど自炊して、そのために麺つゆなんかを持参しているらしい。寝る前におばあちゃんがソーイングセットを持っていたので、借りて壊れたサンダルを縫い合わせて修理。イグアスへ行くのにこれは心強い。小学校以来の裁縫で、やり方は適当だったけど。




移動で疲れたし、おばあちゃんだしで、12時前には就寝。




いびきがうるさかった…。




ランドリー代:20ペソ
空港までのタクシー;28ペソ
ホテル代:115ペソ
空港からのタクシー:60ペソ
夕食・水:12.5ペソ

ウシュアイア3日目


昨日はそのまま寝てしまった。夜中に起きてカメラの電池だけ充電してまた寝た。起きたのは、同室のカナダ人カップルの目覚まし時計。でも彼らは起きない。今日も一緒に寝ているけど。何度か彼らの目覚ましが鳴ったところで、こっちが起きてちょっと支度したら朝ご飯を食べに。パン3枚とハーブティー。コーヒーやお茶が飲み放題なのが嬉しい。戻ったら、彼らはまだ寝ていた。シャワーを浴びようか迷ってやめた。洗濯が出来てないので、シャツやパンツは3日目。多少くさいかもしれないがしょうがない。ジャンパーを忘れたり充電していた電池をカメラに入れ忘れていたり何度か忘れ物を部屋に取りに行ったのだが、きっとカナダ人は「彼はまた戻ってくると思う?」とかピロートークしてるんだろうな。ちゅっちゅしながら。




時間は9時前。今からなら地の果て号の始発駅に行くバスに間に合うはず。バス停というかバンが集まるところに行ったら、客引きがうろうろ。値段と戻りの時間と場所を確認して即決。が、乗客が1人しかいない。出発かと思ったらまだ客引き中。夫婦が乗ってきた。でもまだ出発しない。そのうち夫婦がケンカし始めた。結局、もう一人乗せて、大幅に遅れて出発。間に合わないだろうなと思って半分あきらめていたら、さらに途中で止まって乗客を追加していった。




駅に到着した後、まだ切符売り場に人がたまっているのを確認、急いでいったものの、既に9時40分発のは売り切れ。次は12時発。2時間以上待つのもなと思いつつも、しかたないので購入した。が、どうもキャンセル待ちなのか追加発売分なのか分からないけれどあったらしい。先に言えよ…。結局、それを知らずに2時間以上待つことに。売店に行ったり付近を散策したり。そのうち、駅舎が閉まってしまった。まぁ、2時間も電車こないからね。こんな時に本でも持ってきていればと思ったが、本はホテルに置いてきた。しかたなくガイドブックを読みあさる。そのうち飽きる。アプリを始める。そのうち飽きる。そのうちまた駅舎が開いたので中に入って待つことに。こんだけ待ったんだから、一番に並んで一番いい席に座ってやる。




さらに1時間待って電車が到着。チケットを見せて緑の車両に乗っていいよと言われ、一番後ろの車両に乗ったのだが、これは違うと駅員が丁寧に教えてくれた。車両の後ろが一面窓ガラスだから景色がいいと思ったのに。一番安いチケットを買ったのに、なぜかテーブル付きの席へ。今回は乗客が少ないらしく3両しかないらしい。こんだけ張り切ったのについてない。途中、小さな滝なんかによりながら1時間ほどかけて終着駅へ。




すると、ガイドをしていたお姉さんが寄ってきて、「君はどうするの?ツアー?違うの?歩くの?」みたいなことを聞いてきた。え?みんな帰るんですか?確かに、片道のチケットと往復のチケットの値段はそんなに変わらないけど。このトレッキングコースを歩くと話したら、少し行ったところを右に曲がって、歩きなさい。帰りのバスはここからでてるわよ。と丁寧に教えてくれた。すごくありがとう。




昨日、カナダ人に教えてもらったトレッキングコースをたどるつもりで駅を後に。交差している道にでて直進した。が、10分ほど歩いて違うことに気づいた。右に曲がれと言われたし。元に戻って正しい道に出ると、観光バスやバンがけっこう走っている。舗装されていない砂利道だから車が走った後には砂埃が舞う。優しい車だと、追い抜くときやすれ違うときにスピードを緩めてくれるのだが、そんな優しい車ばかりでもない。砂埃にまみれながらトレッキングコースに到着。難易度はミドル。ミドルがどれくらいなのかは分からないけれど、エル・チャルテンよりきつければ帰りのバスにはたどり着けないかもしれないとか考えながら入ってみると、けっこうきつい。と思ったら、最初だけだった。あとは平坦か下り坂。海に向かっているからか。それにしても誰も歩いている人がいない。ちょっと不安。そのうちに、大きな道に出た。どうもさっき引き返した道らしい。そのまま歩いて行けばよかった。ここで道がいまいちわからないので、キャンプをしている人に聞いたら丁寧に教えてくれた。ありがとう。




見晴らしのいい場所に出たので、ウシュアイアにくるときにバスでもらったチョコチップで昼食。つうか、昼食持ってくるのを忘れた。そのうち一人海に入って泳ぎ始めた。寒くないのかな。でもって、再度トレッキング。今度のコースは4時間。難易度はさっきと同じミドルなら大丈夫そう。靴が壊れないか心配だけど。ここから海辺に沿ってとにかく歩く。海から離れなくちゃいけないのに、なかなか海を離れられない。山に入ったかと思うとまた海に出るし、コースを間違えたかと何度も思った。実際にちょと間違えたりもして、海に出て行き止まりだったりしたし。コースが分からなくなって、餌をついばんでいる鳥の群れに聞いたら、「うるさいなーあっちだよ。さっさと行け」と言われたような気がした。




トレッキングの時はいつも物をなくす。今回はカメラのファインダーキャップ。元々すぐに取れてしまっていつかなくしそうと思っていたら案の定。そしてついになくしてはいけない地図をなくした。バカすぎる。でも、何度も見たからだいたい覚えてるから、そんなに不安には思わなかったけれど、疲れもあっていい景色がだんだんどうでもよくなってきた。1mくらいある大きな鳥に出会っても、テンションがそんなにあがらず。でも、この鳥が幸運の鳥だったっぽい。落ちている地図を発見。スペイン語だけど。さらに、車が走る音も聞こえる。よかったー。ゴールはここから2km以上先だけど。




また未舗装の車道に戻って、車の砂埃と戦いながら目的地へ。エル・カラファテほどではないにしろ、かなりくたくた。待合所になっているカフェテリア券ギフトショップでよくわからない炭酸ジュースとアップルパイを購入。疲れている体にはなんでも美味しい。ここでもバスの時間まで2時間待ちなのだが、ゆっくりたべたり、お土産物みたりしていたら時間は過ぎた。




外に出て、バンを待っても来ない。何度か別のツアーの人にチケットを見たら、19時のやつねっていってたから、あってるはずなんだけど。19時間際になってもバンが来ないので、見かねた別の会社の運転手が乗せてくれた。マジでありがとう。もし来なかったら、カフェテリアの人に頼んで電話をするか、キャンプやっている人に事情を話して泊めてもらうか考えていたところでした。




少し走ったら、チケットを買っていたバンとすれ違い、お互い止まって事情を話してくれてそこで乗り換え。また待合所へ戻る。たぶん誰もいないけど。案の定誰もいなかったけれど、国立公園をぐるぐるまわって別の場所も確認。国立公園を回れてよかった。むしろ、トレッキングじゃなくて車のツアーでよかったんじゃないかと思ったり。




ホテルに着いたらくたくた。とりあえず今日ホテルに来ているはずの台湾の子からのメールをチェックしたらかなりまえにメールが来ていた。とりあえずメールを返信してシャワーを浴びた。気持ちよすぎ。




トレッキングも面白いけれど、一人でするもんじゃないね。一人だと話すこともできないし、感動を分かち合えないし、疲れたときに励まし合えないし、なんかあったときに誰も助けてくれないし。相手によってはケンカするだろうけれど。体力と時間と靴があれば、少し先まで行きたかった。トレッキングはもう無理そう。なにより靴がもたない。また今度来たときにでも。




今日の出費




国立公園までの往復バス:70ペソ
世界の果て号片道;110ペソ
国立公園入場料:60ペソ
アップルパイとか:33ペソ
お土産:11ペソ

ウシュアイア2日目


同室のカナダ人カップルにワインをもらって酔っ払い。




昨日の夜は、喉が痛くて寝られなかった。ドミトリーの時は、夜中だと咳をするのにもちょっと気を遣う。ホールズをなめながら眠ることに。今度は隣のカナダ人のいびきがうるさい。そんなドミトリー。あまり熟睡できないまま朝を迎えて、むくっと起きて朝食を食べに行った。パンやコーンフレークとかだけれど、トースターで焼いたパンは美味しかった。起きてみたら、喉はよくなってた。前みたいに半年くらい咳が続いたらどうしようかと思ったけど。




ドミトリーに戻ってみたら、二段ベッドの上の段に寝ていたカナダ人のカップルの女性がいなかったので、食事に出かけたのかと思ったら、下の段で彼氏と一緒に寝てた。それを普通に受け入れてるデンマーク人。デンマーク人がチェックアウトして、自分が観光に出て行ったらムフフなことしてそう。忘れ物は出来ない。まずはビーグル水道にクルーズへ。チケットを買って、港湾使用料みたいなのを払ってボートへ。オタリアを見たり、シーライオンを見たり、軽くトレッキングをしたり。でも、眠くてしょうがなかった。そして、集中力がないからなのか、英語が全然ダメ。聞き取れない、話せない。昨日までの能力はどこへ行ってしまったのか。




お昼過ぎに港に戻ってきて、昼食にピザ。ピザというかパン生地っぽいのににチーズをのせてオーブンで焼いたんだと思う。とにかく美味しかった。その後、世界の果て博物館へ。入場料が40ペソ。別の博物館と会わせての入場料とはいえ高い。いろいろなところでガイドブックより軒並み値上がっている。高くてもいいけど、高いなりの展示物だったらいいのにスペースはほとんどないし、なんか残念なんだよね。図書館みたいなスペースを使わせてもらって手紙を書いて出してみた。記念のスタンプもパスポートに押してもらった。その後、インフォメーションセンターで南の果てに来た証明書をもらい、国立公園のバスの時間を確認。




部屋に戻ってうだうだしていたら、カナダ人が写真のバックアップをとりたいのでパソコンを貸してほしいと。なるほどUSBでバックアップっていう手段があったのか…。パソコンが作業中にワインを飲みながらおしゃべり。少しは頑張れたけど、聞き取れるけど、うまくは話せない。う~ん。でもって、酔っ払い。たぶん、このまま寝る。




ツアー代:180ペソ
昼食代:32ペソ
はがき代:12.5ペソ
切手代:40ペソ
博物館入館料:40ペソ

ウシュアイア1日目


現地の発音だと、ウスアイアなのかもしれないけど、ウシュアイアへ向けて出発。




結局、夕食も取れず、食料も確保できないまま出発。ホテルの朝食を取ろうか迷ったものの、パンとバターだけだし、スーパーが開いている方にかけた。が、9時前にやっているはずもなく、街をうろうろしたが、どの店も開いていなかった。持っている食料は、水とチョコチップクッキーと日本から持ってきたのど飴。これでバスの移動時間12時間を過ごさないと。集合時間の8時半より少し前にバス会社のオフィスに来たものの、現地の人らしき数人を除いていない。集合時間になって、ようやくバックパッカーらしきノルウェーの兄ちゃんが来た。荷物を預けてバスに乗るも10人を満たない数しかいない。人が少ないから快適だけど大丈夫なのか?と思っていたら、途中で別のバスと合流して乗客を追加。たぶん、プエルト・ナタレスから出ていたウシュアイア行きは、ここで乗り換えなのだろう。結局、ほぼ満席に。残念。




途中、海を越えるためバスと一緒にフェリーに乗って海峡を渡りフエゴ島へ。途中でクッキーとコーヒーを出してくれた。チョコチップクッキー。さっき食べたのと同じのじゃん…。そして、コーヒーを配り終えた直後から、悪路になりバスが跳ねる。コーヒーも飛び散る。もうちょい配る場所を考えてくれ。さらに草原を抜けて、チリとアルゼンチンの国境に到着。チリの出国のスタンプを押してもらうときに「コンニチハ」と審査官が日本人と知って言ってくれた。なんか、いきなりそういうのがあると嬉しくなる。喉がいがらっぽく痛いため、のど飴をずっとなめてたら、底をつきそうになった。チリの国境に売店があってホールズが売っていたので2つ購入。助かった。




アルゼンチンの入国は、バスの運転手にパスポートと申請書を提出したら、勝手にやってくれる。出国の際もそんなだったんだけど、いい加減というか、楽というか。乗客は付近をうろうろしたり、アルゼンチン側に出ているサンドイッチ屋でサンドイッチを買って食べたり。自分もかって食べたけど、3000ペソと高い。需要と供給ってやつですよね。バスの乗客ほぼみんな買っていたし、いい儲けになってるだろうな。サンドイッチというかハンバーガーというかよくわからないけれど、パテやハムに野菜が入っていて美味しかった。




まだまだバスの旅は続くわけで、寝たり起きたりするはいいものの喉が痛い。ホールズがどんどん減っていく。窓の景色は、世界の終わりのようになっていた。一面の木が白く枯れ果てている。地球の終わりみたいな映画を撮るんだったら、ここをロケ地に選ぶなって感じのところ。ある意味で、一番驚いた光景だった。かと思うと、きれいな小川が流れていてキャンプをしている人たちがいたりする。そんな光景の中を走りながら、8時くらいにウシュアイアに到着。思ったよりも大きな都市だった。




バスを降りて、ホテルを探すも満室。うろうろしていたら、スペイン人のカップルにに声をかけられて、ホテルならこっちにあるよ、70ペソできれいだし朝食も美味しいしというので付いていくことに。そしたら、エル・カラファテで会った台湾の人が泊まるって言っていた宿だった。名前だけ聞いて、場所は知らなかったんだよね。日程が1日だけ被るので、きっとまた会うだろう。70か80ペソとドミトリーにしてはかなり高めだけれど、そのぶん綺麗で落ち着ける。口コミにうるさいと書いてあったけど、2階はそんなこともない。




ドミトリーの部屋に入ったら、ちょっと年上のデンマーク人の女性がいて、色々と会話した。その後、夕食とATMを探しに行ったけど、ATMが見つからないので夕食もあきらめて、売店で水とオレンジジュースだけ買って戻ることに。部屋のドアを開けたら、裸の男がいてお互いソーリーって言い合って向こうはバスルームのこちらは部屋の扉を閉めた。こっちが閉める必要はなかったんだけど。フランス語が母国語のカナダ人のカップルらしい。バスルームで女の人の声が聞こえたので、なんとなく部屋を出て、また街をうろついて戻ってきた。




まぁ、移動日はこんなもんだ。




今日の出費
ホテル;22000チリペソ
サンドイッチ:3000チリペソ
ウシュアイア3泊分:240アルゼンチンペソ
水・オレンジジュース:11.5アルゼンチンペソ