死地

ずっと前どこかで逢ったのに、もう名前も顔も思い出せない人に先導されながら、これから向かう場所のことを考えていた。重い悲しみは体の中身を空っぽにさせられたようだったけど、この感覚、前にも味わったことがあるな、なんて冷静な自分もいたりした。

二度目だから、自分の向かう場所が死ぬための場所なのは分かっていたし、そういえば確かに死に装束をしている。一度もう死んでしまっていたから死ぬための場所じゃなくて、本来いる場所なんだ。でも、何でまたのこのこと戻ってきてしまったんだろう。

「本来の場所」は、墓地のような生活の香りから離れた気高い場所ではなくてビルとビルの間の狭い路地を進んでいった先にある陽の光も当たらない陰気なところだった。

周りの地面はコンクリートで覆われていて、ちょうど自分の体が入るくらいの枠が書かれているスペースにあって、何も言われなくてもそこが本来の場所だった。覚悟とか恐怖とかいった気持ちはなく、自ら向かおうとしたら、先導していた顔と名前を知らない知人に制止さた。

「野良猫がいて死体を荒らすから少し待とう。」
落ち着き払った言葉に妙に納得して、しかたなく待つことにした。けれども、野良猫もやがて放たれる死臭をかぎ取ったのか、去ることはなくむしろ数が増えていった。確かに、死んだ後とはいえ、この野良猫たちに体をむさぼり食べられるのは嫌だし、この場所にも迷惑な気がした。片付ける人にも。

結局、猫が去らないので今回は中止、ということで死地に向かうのは中止になった。

そんな夢を見た。

担任の先生が唯一の登場人物。
ただ、彼は小学校の時の大好きだった先生でもなく、中学校の時の大嫌いな先生でもなく、高校のときのすっ呆けた先生でもない。一方で、彼ら全員でもあるような、「担任の先生」を具象化した担任の先生だった。

僕はただ彼に話しかけるだけ。声のみで。

「分かってるんだよね、もうダメなのは。才能が無いことは。」
少し嘲り笑ったように。この意味の無い笑いがいつも嫌い。
そして続ける。
「どうしたらいいと思う?」
担任の先生は何も答えない。

そこで暗転。舞台装置が変わりもう次の全く違うあらすじの場面へ。
けれど、自分が言ってしまった言葉だけは消えずに劇場にこだましている。

言ったからといって楽になるわけでも、辛くなるわけでもない。分かっていること。今の正直な気持ち。
「あ、言っちゃった。」
とだけ思った。感慨もなにもない。

でも、本当に必要としているのは才能でもなんでもなくて、根気だったり努力だったり精神的な根っこの方。このカラカラとした心からは情熱が生まれてこないのだけれど、どこへ置いて来てしまったのだろう。

諦めるなら、最後にガムシャラになったあげく諦めたいけどなぁ。

夢の記憶

昔の彼女を偶然見つけた僕は、声をかけていいのか、そのまま立ち去るべきなのか分からず途方にくれてしまった。場所は、よく買い物に付き合った”martinique”というショップだった。日曜日の昼過ぎで、店内にはお客さんが多かったけれど、みんなとても穏やかで、陽光が優しく店内を照らして優雅な時間が流れているように思えた。彼女もその中の一人で、やっぱり穏やかに服を手にとって選んでいた。

途方にくれながらも、少し大きな声を出せば聞こえるところにいる彼女をずっと目で追っていると、彼女が僕に気付いて、近寄ってきた。
「久しぶり。」
と、はにかんだ笑顔で彼女が言うまでのわずかな時間が途方もなく長い時間に感じられ、その間に僕はもう泣き出してしまっていたらしい。
「なに泣いているの?」
子供をあやすように言う彼女に、
「わからないけど…。」
それこそ子供のようにしか答えられずに涙がぼろぼろとこぼれてしまっていた。

そこで、夢からさめた。
不思議な夢だった。とても鮮明だけれど、分からないことだらけの夢だったし、泣いていたはずなのに、ひどく心が落ち着いていて少しも寂しい気分ではなかった。かといって、嬉しさで泣いていたわけでもない。彼女が僕を見つけた瞬間から、もう自分をどう表現していいか分からず、混乱して咄嗟にした行動が泣くという行為だったというのが、冷静な見方なのかもしれない。

こんな話をしてしまったから、誰も信じないかもしれないけれど、未練という心のしこりは全くなくて、ただ、今の彼女が幸せになっていればいいと願っている。もちろん、長年付き合っていたから人として好きだし、家族と同じくらい感謝している。でもそう思えるのは、未練という感情を昇華させてしまっているからなのだろう。

結局、やっぱり流した涙がなんとも理解しがたかったので、きっと、彼女が幸せそうで、ほっとしたから流した涙なのかなと思ってみる。彼女は、いま幸せなんだ。そう思い込むのが僕も一番幸せだから。

一ヶ月ほど前の夢の記憶。