旅行中に刻み込まれた曲というのがどの旅にもあって、その曲を聴くといた場所の空気や匂いまで蘇って、すっぽりと旅情の名残に包んでくれる。
面白いのは、その曲が特別好きというわけではなくて、駅で電車待ちをしている時に聴いていた中の一曲だったり、手紙を書いている時のBGMの一つだったりと、後から振り返ってみると、その曲がいつの間にか旅の曲になっていることが多い。
せっかく異国にいるのだから土地の音も感じようと、できるだけ避けようとしているものの、どうしても待ち時間や移動時間には音楽が恋しくなる。空港で一夜を明かしたときは、たった8時間程度なのに無くしたイヤホンの変わりを探しまわってたくらい。
もうだいぶ前になってしまったインドの旅でも「曲」があって、ふとした時にその曲を聴くだけで、インドの薫りに身を浸らせられる。
日本語を教えてあげると約束しながら行けなかったこととか、火葬場で骨が露わになりながら焼け落ちていく人の遺体だとか、届かない手紙を書いていたゲストハウスのじれったい空気を掻き回すシーリングファンの軋む音だとか。
少し哀しいメロディーに沿って、思い出されるのは心の小さな箱に詰め込んでおきたいこと。なんとなく夜明けのもどかしさに少しだけ似ている。滞在中は毎日みたガンガーの夜明け。暁闇はインドの光と影の二面性が混ざり合う唯一の時間なのかもしれない。それがインドに持ったイメージになりつつある。
インドは自分の中で一つの区切りになるものだった。それでフラフラする気持ちは少し落ち着くかなと思ったけれど、最終目的地のパタゴニアまでは続きそう。