年賀状




ホラー映画っぽいよねと言われた年賀状です。勉強ついでに無理矢理作ったのでバランス悪し。
修正に修正を重ねた3枚。そして、最後には牛がいなくなりました。が、牛のいない年賀状にしたのが6日。もう誰にも渡すことはなく、ただ印刷しないのは自分の中でも心苦しいのでわざわざ光沢紙に印刷してみたら、インクジェットの年賀状とは比べものにならないくらいキレイで、来年はインクジェットの年賀状はやめようかなと思った次第です。

デザインの技術の勉強をするくらいなら、もっとデザイナーに物事を伝えたり、デザイナーの力を引き出す方を勉強しないといけないのに。相変わらず、何をやっても中途半端なわけです。

ただ、今日はテスト版をみて久しぶりに仕事やっていてテンションが上がった。そして、肩の荷が下りた気分。ここまで長かった。
とはいえ、まだまだ完成したわけではないのだけれど。一部の新聞にはもうリークという形で情報は掲載されたけれど、来月頭が本番。それまでもうひと踏ん張り。でもなんかもうひと山超してしまって落ち着いた気分。こんな気の持ちようで、もうひと山登れるのだろうか…。

年賀状の続き


最初のが思ったほどうまくいかず2作目です。(親父の)

見よう見まねで創ったはいいけれど、斬新すぎるので却下されました。
基本、クライアントの言うことは聞きません。
つか、牛だか馬だかわかんないっつう話もね。

使いたいという奇特な方がいたら差し上げます。名前と住所は変えますよ。
まぁ、自分のにすりゃいいんだが…。

年賀状

今年の目標の一つは09年の年賀状を年内に出すことなので、そろそろ制作を始めないとと思いつつ手をつけられないでいると、父親から年賀状を創ってと指令が。近年は父親の年賀状も創っていて、創って見せると「んな奇抜なデザインは嫌だ」と揉めるのが年末の恒例行事。父親のはしかたなく創るのだけれど、自分のはどうも間に合わない。同じものにしてしまえばいいのだけれど。

09年の年賀状は、染め付けの技法を真似たちょっと手の込んだものにしたいなとずっと考えていたが、どうなることやら。いつか、12年分つまり12枚集めると一つの絵になるような巻物っぽい年賀状を創りたい。自己満足の世界なら、なおさら満足出来るものをね。

年賀状の裏話


メールですら年始の挨拶をしていない人が多いので、この場を借りて年賀状を。

2008年の年賀状は、去年の初春に自分探しの旅の途中で出会った松島です。去年の秋頃に「山水画のような墨絵が欲しい」と藤壺の宮が言っていたので、挑戦しましたが無理でした。なので、松島の写真を墨絵っぽくしたつもりです。単なる白黒写真ではなく、黒の濃度の違う写真を10枚くらい重ねているのですが、そんな努力はあまり分からないというか、もらう側にとってはどうでもいい話ですね。

山水画を頼んだ当の本人は、そんなことを頼んだことは忘れていて、やるせない年末でした。人ってたいていそうですよね。頼んだ方はケロッと忘れているのに頼まれた方は必死こいてたり、プレゼントをした方は何をあげたか忘れていて、プレゼントをもらった方は印象深く覚えていたり。基本、人の思いは常に一方通行です。自分だけ?

そういえば、美容師のあけちゃんにあげたフクロウの人形には不苦労(くろうせず)って意味があったことを最近知りました。あげたことを全く覚えておらず、「みんなにあげてるんだもんね~。いちいち覚えてないよね~。」と軽く嫌味を言われて、それから強烈に記憶に残ってしまいました。えーぃ。余計な思い出は忘れろ、忘れろ。

さて、話を年賀状に戻すと、その松島に奄美大島の夕日を少し加工して朝日にしたつもりでしたが、実際の朝日を見ると全く違うものでした。朝日だけあって、夕日よりも爽やかで鮮烈な光でした。夕日をあげてしまった皆様すみません。でも、個人的には夜空の方が好きだし…。

去年の年賀状は、2007年度中に書けました。といっても31日だけど…。今年は元旦に着くように書きたいと思います。

それはそうと、濃淡の違う同じ写真を重ねると、いい味のモノが出来上がるのは発見でした。今年は、いくつかそういった写真を作ってみます。

青春真っ盛りの恥ずかしいお話を毎回綴っていますが、今年も宜しくお願いします。ただ、ついさっき、父の頭に袋をかぶせていたずらしていましたが、そういう子供っぽい悪戯はそろそろ止めようと思いました。