恋文

 今日、欲しいなと思った本。
 掛詞の比較文学的考察 \ 9,975
 高い…。

 3月に買った「古今和歌集入門ことばと謎」という古今和歌集の入門書をようやく読み始めました。古今和歌集に興味があったというより、平安貴族の恋文にひかれて辿り着いたのがこの本でした。

 彼らの恋文に惚れたのは、その奥ゆかしさゆえです。掛詞があり、表の意味と裏の意味があり。アメリカ人でなくとも、「ハッキリ言えこのやろ!」と言いたくなるような遠まわしな歌のやりとりで、自分の恋心を伝えられたのは、彼らに高い教養とお互いを愛しむ心があったからではないでしょうか。

 散りゆく花を歌い自分の心情も一緒に表現し、花の香と自分の恋心を混ぜ合わせる。そんな高度な歌を詠まれても、古文が苦手だった私にはチンプンカンプンです。この本を読めば読むほど、どう解釈してもいいのではないかと思えてきます。いえ、どうも情緒溢れるような解釈を読み手がしなければならないようです。読むほうも大変です。

 でも、挫折しそうになるたびに、著者は甘い言葉を囁くのです。

 互いに歌を詠むことによって、お互いの心から心の奥へと訴えかけ、心の向きを変えさせ、恋に磨きをかけ、二人の気持ちを高め、恋する心を確かめ合うのです。

 いつまでも二人の思いが続くように願うのは、永遠なるものへむかう心の表れです。美しさも恋というものも成立するには、花のような儚く移ろい行く時の流れの中にある一瞬の輝きに永遠を求め、そのかけがいのないものの存在を把握し味わえる歌が必要なのです

 ほら、少しそういう歌を感じてみたくなりません?
 
 この著者は、「『千と千尋の神隠し』のことばと謎」や「『宮崎アニメ』秘められたメッセージ―」といった本も書いているとを知れば、さらに読みたくなるでしょう。

 恋心を抱いては、奥ゆかしい言葉を送って理解されず孤独な日々を過ごしていましたが、彼らの歌を勉強することで、さらに奥ゆかしくて情緒に溢れた言葉に磨きをかけようと思います。
 そうして、さらに孤独に満たされることでしょう。

 古文は本当に苦手でした。漢文と共に一番苦手で嫌いな教科の一つとして記憶されています。でも、古文を学ぶ動機にもっと文化的なものがあれば、嫌いにならなかったのかもしれません。推量だの副助詞だの過去伝聞だのといった文法よりも、内容を理解したいと思う一つの好きな和歌や古典があったなら、昔の日本人の持つ高雅な文化に触れるきっかけを与えられたならどれほどの愛情を持ってこちらも対したでしょう。

 でも、もちろんそのようなことはありませんでした。法則がないものを教えるよりも、教えやすく点数を付けやすいのでしょう。それに、その当時、同じような動機で勉強したいと思ったかどうかは分かりませんしね。

ゴロゴロ


 最近、コンサートやライブに行く機会に恵まれていて、生の音、生の声を味わっています。知人のものもいくつかあって、普段には見られない彼らの表現力に驚かされることもしばしばです。

 生の音を聞くたびに、自分も歌いたくなり、楽器を弾きたくなります。そして、照明の当たるあの舞台に立ちたくなります。そこにいる彼らが羨ましくなります。どうして、自分もあの舞台に立っていないのだろう、どうしたら立てるのだろうと考えてしまいます。

 きちっと計画だてた夢があるかないのかの違いだし、「やりたい。」と思ったときに自分を動かせるかどうかなのでしょう。

 昔から計画の計画が苦手です。いつも無理な計画を立ててしまい、諦めてしまいます。自分への過大評価と相手への過小評価が止められません。余裕をもって作った計画は、余裕を持ちすぎてだれます。どうしようもないです。

 結局、彼らに触発されて久しぶりにはじめたピアノは、一フレーズできて満足してしまいました。そんな飽きっぽい自分に奏でられることのなくなった楽器が部屋の片隅で、ゴロゴロしています。

 人からもらった(高価そうな)楽器もあるので、ゴロゴロした楽器のリバイバルプランを立ようかと思います。
 いつも、計画する名前だけは立派です。

幸福を探しに。

最近、外国文学を意識的に手にとっています。
元々、そちらの知識は薄いので、ドストエフスキーやカフカ、ヘミングウェイなど著名な作家ばかりです。

以前から、外国文学は苦手でした。英語の授業で、ある翻訳されたアメリカ文学の感想文を書かされた時、面白くない理由を延々と書いて怒られたことがあります。しかも、英語の先生ではなく担任に。

言葉は作家本人ではない別人を通してしまっているので、思いが伝わってこない。表現が硬い、彩がない。それらが嫌いな理由です。

夏目漱石の文語体が分かりづらいため口語体になおした本にどれだけの価値があるのでしょう。極端な話ですが、翻訳された本はそれと同じような気がします。

かといって英語で読んでも、英語の能力が低いのもあって参考書を読んでいるようでとても文学に浸るという気持ちにはなれないのです。

今でもその感覚はあまり変わりありませんが、ある程度、寛容になったこと。そして、今は文章を読むことをあまり意識せず、作家の背景に興味を置いているため、それほど気にせず読んでいます。

面白いのかと聞かれれば、日本文学の方が純粋に楽しめます。けれど、翻訳された本の持つ原色のような鮮やかな色に新鮮さを感じるのも悪くはないと思うようになってきました。

 ■ ■ ■

文学や文学の背景以外にも、時間があるためか知識欲が沸き、以前興味があったものを中心に知識の泉に顔を突っ込んでいます。

数年前テレビでちらっと見た「極東共和国」もその一つです。

極東共和国は、第一次世界大戦直後、日本のシベリア出兵の緩衝材としての役割のためにバイカル湖から東、ハバロフスク地方などの地域にソ連の傀儡国家として作られました。その極東共和国の首班、アレクサンドル・クラスノシチョーコフが非常に面白い人物です。

実質、社会主義国家であるソ連に支配下にありながら、自由主義経済を取り入れたり、男女平等を盛り込んだ進んだ憲法を作るなど、極東の辺鄙な土地に理想国家を作り上げようと画策したのが彼です。

結局、1922年わずか3年たらずで、極東共和国はソ連に接収され彼もモスクワに戻り、やがてスターリンの粛清によって処刑されます。

その時の彼の最後の言葉は、反ソ・親米活動の動機を追求されたときの「幸福を探しに。」だとか。

日本で男性のみの普通選挙が行われるのが1926年の話です。日本軍に全土を掌握されているなど、国家としての体裁がどこまであったのかは分かりませんが、その当時、進歩的な国家が極東にあり、自分の理想国家を作り事実上の独立まで考えた人物がいることに驚きつつも、100年も前ではないのに、忘れ去られていることに若干寂しくなります。

誤解を恐れずにいうならば、社会主義を基盤とした自由主義社会は、国家形成のありかたの個人的な理想です。ですから、クラスノシチョーコフが極東共和国を独立させ、彼の理想国家を作れていたとしたら、どのような国家で、彼はその国家で幸福を手に入れられたのか興味深いです。

また、希望的な見方をすれば、彼が極東に理想国家を作ろうとした目的の一つには、レーニンやスターリンの独裁によるソ連型社会主義の弊害と崩壊が見えていたからではないかと思います。

ところで、ドイツではワイマール憲法のもと、完全普通選挙が1919年に行われています。先進的なワイマール憲法は、その後各国の憲法の下地となった一方で、ナチス台頭の温床となり、やがて死文化します。

どんなに理想的なものでも、時代にそぐわなければ消えていくのを考えると、やるせないですね。

理想という言葉に、言葉以上の憧れを抱いてしまいがちな自分としては、悲しくもあり、現実をみよとの指令かもしれません。

さて、幸福(理想)を探しにどこへ行きましょうか。