嫌いではないけれど、すっと心に浸透してくるわけでもない森絵都の著作。これも、最初のいくつかの短編だけを読んで、直木賞受賞作でもある表題を読まずに漬け置きしてしまっていた。読んでみると、勢いがすごかった。
大きな雲が流れていて、所々に塗られた青空。憂鬱でもないけれど、決して爽快でもない。でも、嫌いじゃないし、むしろ好き。今日の空のような読後感。
歴史的勝利というと聞こえがいい。けれど、どこか悔しさが滲み出る言葉でもある。新しい歴史の階段を一段のぼった嬉しさを感じつつ、それより下に階段がなかったこれまでを思い出さずにはいられないからだ。
試合前の会見でガンバの西野監督は「セレッソとは歴史が違う。」と、ダービーならではの挑発をしていたが、両者に横たわる歴史の壁はわずか6年にも満たない。2005年の秋、関西勢初のJリーグ王者の座はガンバではなくセレッソが手中に収めようとしていた。少なくとも最終節のロスタイムまでは。が、ロスタイムで失点し引き分けに終わり、王者の座はガンバのものとなった。翌年、セレッソは低迷し降格、J2からも抜け出せずにいた一方、ガンバは天皇杯、ナビスコ、ACLなど主要なタイトルを手に入れ強豪クラブの一つとなった。セレッソはその年の天皇杯での勝利以降、ガンバには勝てなかったことも考えれば、短い期間で大きな歴史の違いができてしまったのは否めない。
2部に落ち、選手が入れ替わり新しいチームカラーを模索したが、資金力でも倍ほど違う中で、セレッソのクラブとしての立ち位置は難しかっただろう。育成という口で言うほど容易くはない方向へと舵を切り、クルピ監督を再招集したことでクラブの第二期が幕を開けたといってもいいかもしれない。香川、乾が開花し、ユース出身の選手もようやく芽が出始めたところで、ベスト8をかけたACLでの大阪ダービー。クラブを愛する誰もが身を切る思いで試合を見つめ、勝利を願っていたはずだ。
決勝ゴールを決めた高橋がブログでこう綴っている。
たったあの一瞬だけですが
ようやく『20』の仕事が
できたのかな。
高橋の背番号20は、セレッソの顔のひとりでもあった西澤がつけていたもので、セレッソにとって大切な背番号の一つでもある。輝かしい歴史はないけれど、クラブに所属したひとりひとり作り大切にしてきた歴史が広がっている。その歴史は、決して強豪に負けるものではないし、むしろどこよりも歴史にプライドを持って接している。それは例えばセレッソを背負ってきた森島、香川と引き継いできた8番が今年は該当者なしとして欠番になっていることからも分かる。クラブの歴史を背負うなら、それに見合う実績をということなのだ。
今年は、ACLという新しい階段を手に入れたと考えよう。階段の下はない。ただひたすらに登っていけばいい。
大海原を背景に飛ぶカモメ、沈んでいく太陽を背に新しい世界を探しに行くカモメ。そんなカモメの冒険記かと思っていたら、そんなワクワクするような場面は第一章で終わってしまった。
第二章、第三章と続いていく物語に腑に落ちなさを感じていたのだが、その違和感を訳者、五木寛之氏が的確に解説していた。物語の中に母親を除いて1羽も女性のカモメが搭乗せず、友情と先輩後輩の交流だけが描かれ、食べることと、セックスが注意深く排除されていると。そういった点が、新興宗教の教本として取り上げられることもあるとか。確かにジョナサンが伝道師のように、信念を持ってカモメに飛ぶことの意義を教えている点で、宗教的な臭いはするけど、この本に感化されてしまう人はどれだけ純粋なのだろうか。
純粋でない自分としては、ヒロインがいてこそ物語としての味があるんだ。そんなことを学んだ本。