Facebookに知らない女性からメッセージが来ていた。大阪のある高校の名前を出して「同級生の方ですか?」と。「違いますよ。」で終わるはずだったのに、何度かメッセージのやりとりが続いている。
名前の響きはせつない思い出があって、いつかまた会いたい人なこと。さんざん迷ってメッセージを送ったのは、同姓同名だったのはもちろん、写真の後ろ姿の雰囲気が似ていた、と。
後ろ姿という言葉を何度も繰り返す彼女は、思うに高校のころそうやって好きな彼をずっと見ていたのだろう。隣を歩くのを許されなかったり、あるいは許されなくなったりしたなか、見えなくなるまで後ろ姿を見送りながら振り向いてほしいとねがい、口に出せない思いを小さくなっていく後ろ姿に投げかけて…。そうして切ない思いはいつも後ろ姿が受け止める。むしろ、受け止めるのが後ろ姿だから切ないのかもしれないけれど。
卒業と同時に、まぶたの奥に映る彼の後ろ姿に大切にしまっていた恋心を彼女がそっと取り出して、言葉に並べているのがどうにもこちらまで少し愛おしく思えきて、 高校時代の同姓同名の彼と入れ替われるならいくらでも振り向いてその思いを受け止めてあげるのに、なんて人の恋路を勝手に想像するのも面白い。
と思っていたけれど、引っかかった言葉があった。
他の人はプロフ写真が全然違ったり…
人違いであれば、無視されるかツリと思われて…
プロフという言葉はそれほど一般的に使われるものなのか。「ツリ」という言葉が状況に合わせてすんなり出てくる女性がどれくらいいるのだろうかと。
前者はくだけたメッセージならば気にしないが、とても丁寧な言葉遣いの中で、どうにも浮いた言葉に見えてしかたなかった。後者は明らかに場違いだ。そう思い始めると色々と怪しく思えてくる。非公開というわけではなく、フィードには何も投稿していないし、そもそもからして友達が一人もいない。むしろ怪しすぎて怪しくない。
ツリなら釣られて骨までしゃぶられない程度に釣られてみよう。ツリだったとしても高度すぎて、まぁいいやと思ってしまいそうだ。