旅立つ前日に始まった写真教室での宿題のテーマが「好きなもの」を3枚。いきなり難しいテーマです。でも、旅行があったため、テーマについて考えるより、テーマを逆に当てはめてしまいました。
つまり、旅行の何が好きなのか。そして、その好きなものをどう写真で表現したらいいのかということです。
それまでテーマを持って写真を撮ったことなどなかったので、改めて意識して写真を撮るということはどういうことなのかということを考えさせられました。
好きという感覚を形にしなければならないほど、くたびれる作業があるのでしょうか。好きという感覚は能動的なようでいて、とても受動的な要素を持っていると思います。
ある状況、環境に自分を陥らせてしまえば、勝手にその感情が溢れるのですから。雨が降ったら、川の水が増えるというのと同じようなものです。川は動けませんが、人は雨が降る場所に行けばいいわけです。
ところが、なぜ好きなのかを考え出すと、なぜ雨の降る場所へ行きたいのか、なぜ水かさを増やしたいのか…と、堂々巡りです。そのうち、なぜ雨が降るのかといった疑問にすらなってしまいます。
結局、いまいちその答えは出ませんでした。てへっ。
確かに人との出会いも楽しみです。異文化や異なる環境に触れるのも面白いです。でも、飛行機のチケットを取る時に、お金の代わりに受け取れるだろうと期待するものは、そういったものでもない気がします。
旅行を計画する際、一つだけ確かなのは出来るだけ地方に行こうとする意志が働くことです。今回であれば、パークベンという船旅の中継地点でしょうか。ここに行くためだけに、飛行機を3回も乗り継いだわけですから。
そう考えると、都心から逃れたい、田舎を感じたいという意志が働く気がします。わたしには、実質の故郷がありません。ずっと同じ場所に住んでいるにもかかわらず。色々な変遷をたどったため、地元に知り合いがほとんどいません。それが、郷里と呼ばれる場所への憧憬を生み、少し変わった形で、旅行が(特に何もない場所へ行くことが)好きなのかもしれません。
そのパークベンですが、本当に良い場所でした。船旅用の宿ばかりで何もありません。電気は18時~22時までしか使えず、ロウソクが置いてあるようなところです。もう、それだけで何かが起きそうな気がしてしまいます。
着いたときには、日が暮れかかっていて、街灯もなく船が着いた場所がどこだか分からなくて困りましたが
メコン川の奥の気高い山の峯が闇に飲み込まれていく様は、見ていて飽きることがありませんでした。この景色を見に来たんだと思い込ませてくれるような光景でした。
話がだいぶそれてしまいましたが、あとは、ほんの少しだけ自分を追い詰めたかったり、帰る場所を確認しに行くためなのかなと思います。魚の回遊みたいですね。