成人式


成人式だからではありませんが、着物を着てみました。

去年からお茶を習いに行っているのですが、今日は今年最初の茶事、初釜でした。初釜ですので、着物を着て習いに行こうということになったからです。

「成人の日だし、着物を着ていると新成人と間違えられるかもね。」
などと冗談を言って軽く考えていましたが、とても大きな悩みの種になりました。家の近くに成人式を催す公会堂があるので、近くの駅には成人と思わしき艶やかに正装した若い男女が群れているのです。その中にどちらかというと地味な着物を着た二十歳には見えない男が突入していくのには、若干勇気が必要でした。なぜなら、向かってくる明らかな異質物に、毎年なにかしら問題になる新成人の青臭い血が拒否反応を起こしてしまうかどうか不安だったからです。それはもう、狼の群れの中に、犬が一頭迷い込んだような気分でした。

大きな不安とは裏腹に、何の問題はなく先生のご自宅のある巣鴨の駅に着いたのですが、幼稚園以来かと思われる下駄と、歩幅を稼げない着物のため、上手く歩くことが出来ませんでした。普段は遅くて身長も小さいために踏みそうになってしまう、巣鴨のおじいちゃんやおばあちゃんに抜かされてしまう体たらくでした。
「こんなはずではないのに。」
そう焦れば、焦るほど、前のめりになってしまって転んでしまいそうでした。そういう時は、やはり小っ恥ずかしいさを覚えるのです。
最後には開き直って、さもゆったりと歩いているように、威厳を漂わせて歩いてみました。ただ、きっとそう思っていたのは自分だけで、よたよた歩いている私を見て面白がっていた人が何人かいたでしょう。
でも、帰りは下駄の歩き方を教えてもらったため、すいすいと進み、何度か先方を歩くお年寄りの集団を抜かしました。その度に、ほくそえんだのは言うまでもありません。

よく帯をしめるとご飯が食べられないと聞きますが、本当にそうでした。お昼ごはんに御寿司をいただいたのですが、いつもならペロリと食べてしまう量も半分でお腹がいっぱいになってしまいました。いえ、お腹がいっぱいだったのは食べ始める前からで、空腹なのに何も食べる気がしないという、残酷な状況だったのです。そのうちに、もはや空腹で気持ち悪いのか、食べすぎで気持ち悪いのか、帯のために気持ち悪いのか分からなくなりました。
でも、久しぶりにお昼間からビールを飲んだのですが、普段お酒を飲まない私でも美味しいと思いました。瓢箪から駒というやつですね。肝心の御寿司の味は、口の中に詰め込むのがせいいっぱいで、覚えていません。

そんなこともあり、家に帰った時にはヘトヘトで、洋服に着替えたときの解放感といったら、それはもう踊りだしたくなるほどでした。着物で料理を作ったりと普通の生活をしていた昔の人は、器用で神経も細やかだったことでしょう。とても偉いなと思うしだいでありました。

苦しい、つらい、という話に終始してしまいましたが、今後も機会があれば着物を着たいです。というのは、身に着けるもので心持も変わってくるといいますが、着物を着るととても神経が研ぎ澄まされる気がします。歩幅が小さくなれば歩き方も上品になりますし、姿勢もよくなります。作法もすんなり身につくような気になります。普段と違ったものを着て、普段にない自分をみつける。そういった日が、月に一度くらいあってもよいと思うからです。ある種の「不便さ」は、自分を一段高めるためのものだとも思うからです。それに、着物で街を歩くというのも粋ですしね。

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