「おなかへったー。モツ鍋食べに行こう。」
社長秘書からの、久しぶりの食事のお誘いに柄にもなくドキドキしてしまった。
モツ鍋のはずが、社長秘書の気まぐれで鉄板焼きになってしまったが、モツ鍋が食べたいと騒いでいたことは、知らなかったことにする。さらに付け加えれば、頼んだベーコンエッグとスクランブルエッグを間違えていたのも知らなかったことにする。
久しぶりではあるのだが実のところ、社長秘書が食事するたびに言う「なんか面白い話して。」攻撃に怯えて、こちから逃げていた節がないわけではない。
誘われた時から、先手先手でいこうと、まず「面白い話をして。」攻撃の予防線として会社の話になると愚痴しか言えなくなるから、出来るだけ会社の話題を避けていた。だが、いつの間にか仕事の話に戻ってきてしまって愚痴りそうになるのを
あわてて飲み込んでむせてみたり、質問攻めにしてみたり。
ただ、やはり口下手な自分に何度も「面白い話をして。」と悪びれる様子もなく言える社長秘書に、人としての器の大きさを感じる。ん、器の大きさ?
とにかく、面白い話は苦手なので、社長秘書の食べカスすら褒める勢いで、褒めちぎってみた。
それを要約すると次のようになる。
「なんで神は、あなたを誕生させたのだろう。世の中の男があんなたに毒されて、不幸になるというのに。そんなあなたと食事をしている私は幸福のあまり心臓がとってしまいそうだ。きっと、世界中の男に分けても有り余るくらいの幸せだ。」と。
たぶん…。
さてさて、社長秘書の手帳には今日の食事は何点と記されたのだろう?ここだけの話、社長秘書の「面白い話をして。」攻撃に対抗するために落語を研究し始めたのは、まだ誰にも言ってない。