歯医者

普段、人に見られない所を見られたり、触られたりするのは思いのほか恥ずかしい物で、「マッサージ師に脇の下をほぐされて羞恥を覚えた。彼氏にもそうそう触られることはないのに。」と、ファミレスで熱弁していた友人を思い出した。

思い出しながら、口の中を覗かれている。顔は固定され、口には器具を入れられている。端から見たあら、これほど情けない姿はないだろう。さらに、踏ん張ることができない手術台に預けた体の不安定さが心許ない気分をを増長させている。
そもそも、この無能な医者に口を開けてと言われ、こちらが気を遣って大きく口を開けたところ、
「そんなに大きな口あけないでいいよ。」
その一言から、恥辱を味わっている。

始まった歯茎に広がる痛みを味わいながら、この辱めに大いに憤慨した。憤慨したがどうにもならない。相変わらず、口は(ほどほどに)大きく開かれ、無能な医者はペンチを握りしめて人の口の中へ押し込み、その行為何ら筋書きを持たず、ただ歯を抜こうとしているだけだ。やはり無能な助手は、歯茎から飛び散っているであろう鮮血(と、あふれ出るよだれ)を仏頂面で吸引している。驚いたことに、ほとばしる鮮血と赤く染まる白い歯を見てもなお、助手は何ら激情に駆られないのだ。これほど鮮烈な光景を見たならば、仕事を放棄してでもパッションだと叫びながら新たな芸術性を開拓するのが人間というものであろう。しかも、湧き出ているのは血だけではない。その血には、苦痛と怒りが交差しているのである(あとよだれも)。この悲しい事実に、文字通り切歯扼腕した。ただ、その口からは抗議の声が出せる訳でもなく、眉間に皺を寄せてみるのものの、痛みに耐えかねているとしか思われない。

壮絶な手術が終わってから、歯医者が言った。
「この親知らず取って良かったね。虫歯だったよ。」
先日、初めて診断したときに、「綺麗な歯してますね。虫歯はないよ。」と言ったのはどこの誰だ。二度と来てやるか。ヤブ医者め。