レビー・クルピ

クラブに時代というものがあるとしたら、時代を作るのは誰か。監督を選び補強の方向性を決めるGMや強化部長なのか、戦術を決めチームを司る監督なのか、ピッチ上で躍動するスター選手なのか。

 

今年の7月にオフト氏がもっていた外国人Jリーグ最多試合指揮数を塗り替えたレピー・クルピ監督の退任が発表された。1997年に1年間と2007年途中からの約5年間、セレッソの監督として指揮した。決して資金の豊富ではなく、補強も思い通りにいかないクラブとしては異例の長期監督だった。

 

ブラジル代表監督としても名前があがったほどの人物だが、結果を残せる監督だったかと言われると疑問符がつく。1年目、2年目とJ1昇格をあと一歩の所で逃し、昇格した年もJ2優勝を目前の直接対決で敗れ2位での昇格。J1昇格後、ACL出場となる3位となるものの、毎年「チームがフィットするまでに10試合はかかる。」と、初夏までエンジンのかからないチームにもどかしい思いもした。せめて、春の成績がもう少しよければ優勝も狙えた、と。

 

とはいえ、就任当時ボランチやサイドバックだった香川を日本最高のアタッカーに育て、マリノスで燻っていた乾を相方として彼の日本屈指の技術を遺憾なく発揮させる。さらに、大分時代から定評のあった清武もいまや日本代表に欠かせない存在になり海外移籍は秒読み段階にと、チームの顔を次々に作り上げた功績は素晴らしい。香川、家長、アドリアーノ、乾と半年ごとにチームの主軸となった選手が抜けていくなかでチームの作り直しを図りながら魅惑的な攻撃陣を作り、選手を才能を伸ばす手腕は確かだった。タイトルこそ未だ手にしていないが、クラブの新しい誇りを作り上げたのは間違いなくクルピ監督だ。

 

話は最初の疑問に戻る。セレッソの顔といえば、かつては森島寛晃だった。そう考えれば、ここ数年の顔は香川と乾という2人がクラブの顔であり時代だったのも間違いない。ただ、彼らを輝かせ彼らの時代にさせたのはクルピ監督であったし、監督を招聘し、マリノスから乾をレンタルし完全移籍へとこぎつけた梶野GMもまた時代を作った1人といえる。監督、GM、選手という三つの車輪が最高の形で噛み合い回っていた時代だった。特定の誰かの時代ではない、関係者それぞれが作ったといえる時代こそクラブにとって最高の状態なのかも知れない。

 

しかし、香川、乾の両選手は巣立ち、監督は今季で退任する。育成クラブの看板を掲げはじめられたのも、世界へと旅立った香川と乾の2人がいて、彼らを育てたクルピ監督のサッカーがあったからこそだった。今ようやく、そのサッカーに憧れて才能のある選手が入ってくるようになったばかりであり、彼らが香川や乾のように世界に旅立ち、新たな選手が入ってくるというサイクルが出来る前に退任してしまうのは、残念というよりクラブとしても不安が残る。主力にすらレンタルの多いセレッソは、来期に今の選手がどれだけいるか分からない。なおかつ現在の軸である清武が海外移籍する可能性もある。一つ間違えれば、低迷、降格という憂き目にもあいかねない。残ったGMの手腕が再度問われることになる。

 

幸いなことに、扇原、杉本、永井といった若い才能がいる。おそらく徳島にレンタルされていた柿谷も戻って来るだろう。時代を彼らと共に作ってくれる監督が来てくれることを、クラブのためにも日本サッカーのためにも願いたい。

 

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J2時代とはいえ、香川と乾の2人は、いま見ても何度見ても楽しいサッカーをする。彼らの能力を引き出し、サッカーの楽しさを改めて教えてくれたクルピ監督に感謝。清武、家長を含めていつか代表で同じピッチに立つ姿を見られるといいな。

 

 

 

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